冬灯夜
2015-02-15 00:05:29
4018文字
Public その他
 

雪の煉瓦道の上を

第四回 NP版深夜の真剣創作60分一本勝負 参加作品
企画アカウント様(@NP_1draw)
お題『オズの国の歩き方 1周年』
・オズとゲイレット
・ED後の捏造設定あり
・途中まで一時間→加筆修正

 未だ煉瓦道の上に立つ、レビの館の扉を開けて、俺は立ち竦んだ。
 目の前の少女もまた動きを止め、その目を驚愕に見開く。俺も同じで、きっと彼女以上に、茫然とした間抜け面を晒していたと思う。
 雪色の髪。透き通るような白い肌。深い、アメシストの瞳。
 右手にある銀の鋏と、左手に握られた白い氷スズラン。
……ッ」
 名を呼ぶ筈の声が出ない。
 思考が凍りついている。
 やがて、彼女は俺より早くその動きを取り戻す。
 綻ぶように、笑った。

――はじめまして、オズ」






「えっと、知り合いだったの?」
「この人、長く旅をしているから。紅茶、ありがとう、レビ。
 ……出来たらカメラ、音だけでも切ってくれないかしら」
「あ、う、うん。邪魔はしないよ」
 ありがとう、ともう一度言って、彼女はレビに氷スズランを渡した。
 綺麗に咲いたね、とレビは喜色を浮かべて(多分)、部屋を去っていく。扉が閉まる前に端末を操作しているのが見えた。
 残るのは、紅茶と御茶請けを挟んでテーブルについた俺たち二人だけ。
……どうぞ? 私が作ったものじゃないけれど」
「レビ作なら味は保証済だな」
 薬とか余計なものが入ってなければ、と注釈がつくのが、レビ・ノーマンという人物の残念な所である。
 冷えた身体に紅茶が沁みいる。
……どうして、ここに?」
「煉瓦道を辿っていたら、数日前にこの館がぶつかってしまって」
 一晩の宿をお願いしたら、ハニーが、いやでもシチュエーションが、いやいや僕は一筋、いやいやいや、なんて葛藤の末、受け入れてくれたそうで。
 彼女には無論、レビの葛藤の理由など分からないので、首を傾げるだけだったろうが。
 本当になんて残念な人物だ。
 思わずため息を吐くと、目の前の彼女がくすりと笑った。
「私、動く雪だるまって初めて見たわ」
「あれは中にエインセル辺りが入ってるぞ。大体、こんな雪だらけの場所で雪だるまなんて珍しくも――
 言いかけて、口を噤む。
 彼女が、『彼女』だというつもりの言葉だったから。
「知ってるわ。でも、雪だるま型の生物は館の周りにはいなかったもの」
 何事もなかったかのように、彼女は続けた。
 ああ、なら、ならば。
 紅茶で融かされた思考が流れていく。彼女の存在の正体が、女神と世界と、経験を重ねあわせて導きだされていく。
 ――本当は、彼女を一目見た瞬間から、分かっていた筈のことだった。
「君は……君は、」
「私は」
 漏れ出でた俺の言葉を遮って、彼女は首を振る。
「私は、ゲイレットではないわ」
 次の瞬間、湧き上がる衝動が口を開かせる。けれどまた別の慟哭が、声にはさせなかった。
 ことり、と彼女がカップを置く音がする。
 いつの間にか、紅茶は半分程に減っていた。
……なら君は」
「多分、あなたが考えているのと同じだと思う」
「記憶は、あるのか」
「ええ」
「意識は」
……どう思う?」
 かつての北の魔女と同じ容姿で、彼女は苦笑した。
 紅茶をもう一口。ほんのりと薄紅色に頬が染まる。かつての北の魔女には必要のない行為。
 答えない俺に代わって、彼女が続けた。
「私、はぐれキャベツから生まれたのよ。キャベツから見上げる空って、とても高いのね」
「それは俺も未経験だな」
 ああ。やはり。
 何かを恐れて俺が答えにしなかったことを、彼女ははっきりと告げている。
「君は、ある意味で魔女で――もう魔女ではないんだな」
 キャベツから生まれた命。女神の子供。この世界の命すべてに降り注いだのと同じ、小さな柱の力。
 或いは、偶然と奇跡。
 或いは――贖罪と謝罪。
 ――誰にとって?
 世界にとって、彼女にとって、――俺にとって。
……ね? はじめましてでしょう?」
 未だ苦笑交じりに言う彼女に、俺は小さく頷いた。
 彼女だ。
 間違いなく彼女だ。
 ただ、魔女ではない、それでも彼女である彼女。
 ドロシーと同じ、と言える。かつての魔女としての命そのままではなく、この世界に芽吹く命として、彼女は生まれた。
「いつ、だ?」
「生まれたのが? 一ヶ月くらいは前、かしら」
 かつての容姿と同じ――いや、ほんの少し大人びて見える。そのことに漸く気付いた。
「お姉様方も、もしかしたら」
 時期こそずれるかもしれないが、十分あり得ることだった。
 何せあの女神のことだから、繋がりながらも個別の意識を持った魔女たちも、慈しんでいた筈だ。
 ねえ、と彼女が口を開く。だが、酷く躊躇った末に、視線を落とした。
…………ドロシー、は」
 絞り出した声は、それ以上続かなかった。白い睫が、伏せた目をゆるりと覆い隠している。
「ドロシーなら、もう生まれてる。君と同じように」
「それは知っているの」
 一瞬、首を傾げてしまったが、すぐに納得した。彼女たちは、共に海の女神に還ったのだ。
 視線が彷徨う。彼女がテーブルの下でキツく手を握ったのが分かった。
「ドロシーは」
 す、と息を吐くように彼女は言った。
「ドロシーは、幸せ?」
 アメシストの瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。必死で、そのくせ不安に揺らいでいる。
「海で、知ってるんじゃないか」
「海では、ね。分たれてからは知らないの」
 そりゃそうだ。
 さっきからどうも、分かりきったことばかり口にしている。ここまで動揺が尾を引いているのか。
「俺の見た所、まあ、歩いてた時と同じようにしてるよ」
……お役目はないけど、幸せって意味?」
「さあ。……本人に訊いてくれ」
 軽く肩をすくめると、彼女は黙り込んだ。
 カップを口に運ぶ。紅茶はすっかり温くなっていた。何分寒冷地だ、冷めるのも早い。
 ドロシーが幸せかどうか、なんて。
 旅の仲間たちと共に過ごす日々を、ドロシーはきっと温かく感じている。
 生まれ故郷との別離の傷を優しく抱えながら、この世界を愛おしく思っている。
 ただ、その傷をつけた俺には、ドロシーが幸せだと彼女に断じてやることが出来ないだけで。
 だから、訊けばいいのだ。
……会いに、行ってもいいのかしら」
「悪いわけないと思うがね」
 再び、彼女の顔が下がる。やがて、そうね、と力ない声と笑みが零れた。
「ドロシーは怒ってくれないものね」
 私はおばあちゃんみたいに優しくないんですからね! そう叫んだドロシーを思い出す。
 そうだな、ドロシーはずっと怒っていられる程、気が長くはない。
 ああ、でも。
「いや、怒るかもしれないな」
「え」
「『何でもっと早く会いに来てくれなかったのよ!』って」
 軽く裏声を駆使して言ってみたら、彼女はぽかんと間の抜けた表情でこちらを見る。
 いかめしい顔を維持していると、ようよう彼女は笑いだした。
……似てない」
「そうか?」
 それは自嘲を含んでいて――でも、多分、ああ馬鹿なことを訊いたとでも思っているのだろう。
 さっきの力ない笑みよりも、ずっとずっといい。
「まあ、そうやって怒った所で長続きしないだろうが」
「優しくないから?」
「自分に返ってくるから」
 ドロシーの仲間たちが、どれほど待ち望みどれほど焦がれていたのかよく知っている。俺もまたその一人だ。
 彼女に遅いと怒ろうものなら、自分が散々言われたことを言ってるとすぐに気付くだろう。
 バツの悪そうな顔をして、それから笑うのだ。
「ドロシーは、いつだって待たれる側なのね」
「そうだな。だから今回くらい、待つ側にさせてもいいんじゃないか」
……そうね。私も、待つ側でなくて、歩いて行く側になってみたい」
 ぐっと目元を拭い、彼女は冷めた紅茶に手を伸ばす。
 歩いて行く。
 歩いて、世界を見る。
 役目を持ち、役目と共に海に還る魔女としての彼女も幸せだった。
 けれど、そうでない命として生まれた彼女が、歩くという選択をするのが、そう――嬉しいような、何故か泣きたくなるような、胸を締め付けられる心地になる。
 ……きっと魔女だった彼女も、こんな風に笑っていたことがあった。
 ただ俺が、気付かなかった――気付こうとしなかった。
 魔女は魔女という存在だから。理を知るからこそと、言い訳なら幾らでもある。
 ゆっくりとカップを干す彼女を見つめる。
 あの時、何も言えなかった。
 今も、……言えない。
 何を言えばいい?
 情けない。色んな言葉が駆け巡りせめぎ合っては沈んでいく。
 気付くと、彼女も俺をじっと見つめていた。
 長い沈黙を破ったのは、彼女だった。
「ねえ、私、まだ名前がないの」
 ――瞠目する。
「おかげでレビにも名乗れないし、これから先会う人や、ドロシーにも名乗れないわ」
「名前」
「ええ。名前って、誰かに付けて貰うものでしょう?」
 柔らかく、彼女は笑う。
 新雪がふわりと舞うように。
……俺でいいのか?」
「あなたがいい」
 深雪が積み重なるように。
「そうだな」
 ああ、俺は今、上手く笑えているかな。
 嬉しいんだと、伝わっているかな。
「ゲイレット、はどうだ」
 春に雪がほどけて、水が沁み入るように。
 冬の全てを詰め込んだ彼女。
「いい女っぽい名前だろ?」
「ええ……いい、名前ね」
 笑う。
 泣いては、いない。
「ありがとう――ケララ」
「どういたしまして――ゲイレット」
 ひさしぶりね。ああ、ひさしぶり。
 ゆっくりと伸ばされる指に、触れる。ほんのりと冷たい。
 やがて触れあった指先が温もっていく。
 レビが紅茶のお代わりを勧めにやって来るまで、俺とゲイレットは、そうして笑っていた。



一時間分は「…………ドロシー、は」の辺りまで
魔女も偶然でもなんでもいいから生れ落ちないかなーと思った結果の捏造
お題をありがとうございました!