ちょきちょき、ちょきちょき。
線を切る。
ちょきちょき。
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そいつを見つけたのは、紙の上。
切り取り線にハサミを入れようとしたら、目が合った。
私が持ち上げた紙に沈み込むように、そこにいた。
「やあ?」
長い沈黙と硬直の後、困ったようにそいつは言った。戸惑っているのは分かったが、それはこちらも同じこと。
「
……えっとだね。えー。その、何か言ってくれるかな」
「
…………なに、君」
「ああ、そうだね、うん、至極もっともな疑問だね」
よいしょ、と気の抜ける掛け声と共に、そいつは切り取り線の上に手をついて、ぬるっと紙から身体を抜いた。紙に穴は開いていない。どういう原理だ。それより何でちっちゃい人が紙の上にいるんだよ。
「僕はその、切り取り線を歩く旅人というか。あなたの所には偶然辿り着いたんだ」
頭が追い付かなくて、とりあえずじっとそいつを見詰める。
白黒、灰色で構成された色使い。マントだけは淡く柔らかな緑色を纏っていた。
「切り取り線の上を旅するのが僕の存在理由でね。
……あ、その、誓ってあなたに害を成したりすることはないよ! 信じてくれ!」
私が黙り込んでいると、慌てて手をぱたぱた上下に振る。
それでも何も言わない(というか言えない)で居ると、今度は手を組んだり頭を抱えたり、紙の上を歩いたり、すっかり落ち着きがなくなった。
「本当だよ、僕はただの旅人であって、本当たまたま」
「ていうか」
「はいっ」
我ながら低い声が出たと思ったら、途端にそいつは気を付けの姿勢をとった。
「手が疲れるから、下ろしていい?」
何だそれ。
もっと言うべきことがあるでしょ自分。
「へ」
そいつは黒い点のような目を瞬かせた後、大きく何度も頷いた。
「あ、あ、うん勿論! 勿論だとも!」
「どうも」
机の上に紙を置く。
そいつはマントをはためかせ、紙の上に座った。そして深々とお辞儀をする。
「は、初めまして」
「
……はじめまして」
遅いだろうその言葉は。
こうして私とそいつは、出会ったのだ。
キリトリさんと。
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僕のことはタビビトでも何でも好きに呼んでくれ、とそいつはのたまったので、キリトリさんと呼ぶことにした。
「え、あの、タビビト
……優雅にじゃーにーでも流離い人でも、好きなように」
「キリトリさん」
「あ、はい、分かりました」
切り取り線の上を歩く旅人、略してキリトリ。分かりやすくていいじゃないか。
キリトリさんが言う所には、切り取り線は道のようなものだそうだ。
紙の上、パソコンのテキストの上、『紙』や『書類』が存在する場所が彼らの空間で、切り取り線や段落を伝って移動するのだと。
そいつは自分で名乗った通り旅人で、特に紙に存在する切り取り線を歩いて旅をしているそうな。
「僕らは、多くの人には見えないようでね。それでもいつもは人が見てない時に歩くのだけど、あなたの線を切る音が素敵で、ついつい顔を出してしまったんだ」
「私はたまたま、君が見えたってこと?」
「そうだね。そういう体質の人だったり、相性がよかったりすると、見えるようなんだ」
でも僕自身が誰かに見られたのは初めてだよ、とキリトリさんは笑った。
それで初めましてか。
ふう、と一息ついて、キリトリさんはペットボトルの蓋から紅茶を舐めた。
机の上に置いていたものだが、話をするのに自分だけ飲むというのも悪い気がして、かといってキリトリさんサイズのカップなどあるわけもなく。結局ペットボトルの蓋に頑張って垂らすことにした。
話してる内にスプーンにでも開けた方が楽だったかもしれないと思い当ったが、時既に遅し。
「紅茶というのは、なかなか喉越しのよいものだね」
「普段何食べてるの?」
「ああ、文字やインクを」
「へー
……って、待った」
「何だい?」
「それって、食べたら文字がなくなるってこと?」
「あ」
あからさまにしまった、という表情をしてから、キリトリさんは笑った。
「は、はは、そんなわけ、ないよ、ははは、だい、だいじょう、ぶ」
「誤魔化すの下手過ぎんでしょ」
思わず半眼になると、キリトリさんは目まぐるしく表情を変え、あわあわと動転し出す。
「つまり、誤字や脱字は君らの仕業か」
「いいいいいや、そんなこ、こと、
…………」
「
……」
「
……すまない」
「ははは、こいつ」
「ぴひゃっ」
マントを掴んで摘まみ上げると、奇妙な悲鳴が上がった。
「け、決して害を成したいわけじゃないんだ! 確かに誤字や脱字、インクの掠れの何割かは僕らが食べたせいだけどっ」
「
……まあ誤字脱字の全部が君らの仕業だったら、世の中どんだけ平和かと思うよ」
「のふぁ!?」
軽く揺すってやると、またおかしな悲鳴がした。
言動から察するに、このキリトリさん自身が私の所に来るのは初めてなんだろうし、今までのあれやこれやそれや、全部が全部彼らの仕業というわけじゃないんだろう。
そうだったらなあ。そしたらあの時の恥ずかしい誤字脱字を彼らのせいに出来たのになあ。あーあ。
とりあえず紙の上に戻してあげた。
「す、すまないと、思っ、思ってるよ」
「いやいいよ。まあしょうがないっていうか」
電化製品に憑いて壊しちゃう悪魔、なんて都市伝説もあるくらいだ。もっとアナログな紙上の文字や、テキストを食べる奴らが居ても不思議じゃない。
「あ、ありがとう。
……えーと。あ、そうだ。ちょっと提案があるんだが、いいかい?」
「何?」
「あなたの呼び名を、決めたいんだ」
「呼び名? って私の名前?」
「ちょっと違う」
キリトリさんは腕を組んで、少々考え込む。
「ほら、あなたは僕に『キリトリさん』という呼び名をくれただろう。
僕らは名前というものを持っていない。その時その時、人によって違う呼び方をするんだ」
そもそもそこまで個体を識別することはあまりないそうなのだが。
「あなたがくれた呼び名の代わりに、僕もあなたに呼び名をつけたいんだ」
どうだろう、とキリトリさんは上目遣いに私を見る。
「いいよ」
大して考えることもなく頷くと、キリトリさんは、その棒線と黒点のような顔をぱっと輝かせた。
「なら、あなたが使っていたハサミ。その色は、何ていう色だい?」
「これ? 持ち手の部分のことなら、緑色だけど」
「ならミドリさん」
「わ、安直」
「あなたも結構安直だと思うけれどね」
つん、と軽くつつくと、やはり変な声がした。
「君のマントと同じ色だね」
「うん、そうなんだ。僕は今まで、この色が何と言うのか知らなかった。だからちょっと、嬉しいんだ」
マントを直しながら、誇らしげにキリトリさんは言う。
「初めまして、ミドリさん。僕のマントと同じ呼び名を、あなたにあげたい」
自然と口角が上がるのが分かった。
「初めまして、キリトリさん。よろしくね」
指を差し出すと、小さな小さな手が、ちょこんと触れた。
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その後の話
http://privatter.net/p/1053997
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