冬灯夜
2014-05-09 04:30:22
2023文字
Public TOV
 

しあわせ

TOV レイエス
・ED数年後くらいの出来上がってる二人
・ラジオの例の話から

 川で足を浸す少女――もうすっかり女性になったエステリーゼを眺める。
 横顔に、以前より少し伸びた髪が掛かる。一度短くしてみたいです、と言っていたが、髪型の変化をつけるには長い方がいい。本人も分かっているから、言ってみただけだろう。
「レイヴン」
 ずっと変わらぬ、眩しい笑顔でこちらに手を振る。近寄って、隣であぐらをかく。
「レイヴンもどうです?」
「この後、嬢ちゃんを靴のとこまで運ぶって大役があるからね、遠慮しとくわ」
「靴までくらい、歩けますよ」
 おどけて言ってみれば、少し口を尖らせて、エステリーゼは胸を張った。
 ちちち、と指を振る。
「違うのよ。そこはね、笑ってお願いしますって言って、俺に嬢ちゃんをお姫様だっこする大義名分を与えてくれなきゃ」
 ついでにウインクもつけると、くすりとエステリーゼは笑う。そして微かに染まった頬のまま、「お願いします」と口にした。
 イエス、ユアハイネス。
 古語だか何だか、イエガーが使ってた言葉で返してみる。咄嗟には聞き取れなかったのか、エステリーゼは小首を傾げた。
「そんじゃま、行こうかね」
 答えずエステリーゼを抱き上げる。首に腕が回されて、安定した。
 本当に大した距離じゃなく、靴とシートを広げた場所に、あっという間に着いてしまった。
 腕や胸に感じる重さと温かさを名残惜しく思いながら、エステリーゼを下ろす。
……大義名分なんて」
 地面に立つ直前、呟くようにエステリーゼは言った。
「二人きりの時、必要ですか?」
 目が合う。エステリーゼの手は、首に掛かったままだ。俺の手も、まだ彼女の背中に回っている。
 エステリーゼの気持ちを受け入れる形で始まった、この関係。俺がどうしようもなく逃げ続けていたから、形としてはそういうことになったわけで。
 正直な所、惚れたのは確実に俺が先だ。比べるものじゃないのも承知の上で、俺がエステリーゼを好きな気持ちの方がでかいんじゃないかとも思ってる。
……必要は、ないんだけどさ」
 ただ、ちょっと。
「俺様でもまあ、何つーの、嬢ちゃん相手じゃ照れちまうこともあんのよ」
 幾つだお前は。はいもうすぐ四十路です。
 以前、これでも純情なのよと冗談めかして仲間たちに言ったら、嘘つけとの言葉が返ってきた。無論、ひどいひどい、とひとしきり騒いでおいた。
……嬉しいです」
「ん?」
「いつもわたしばかり、どきどきさせられてるのかな、って思ってました」
 はにかんで笑い、優しい目を向けるエステリーゼは、可愛かった。
 美しくなった。威厳も慈愛も増した。
 それでも感じるこの気持ちは、それとは別の所からきている。
 彼女の傍にいてはいけない。その気持ちも話し合いも全て通過して、公にこそしてないが、互いに今の関係を選んだ。
 俺はギルドと騎士団、帝国を繋げ、エステリーゼは帝国から人々を守る。そして、その合間に寄り添えたらいい。
「嬢ちゃん」
 未だに俺は彼女をこう呼ぶ。もしかしたらこの先、彼女が幾つになってもずっと。レイヴンとして、シュヴァーンとして、ダミュロンとして。その全てが混ざって、エステリーゼを呼ぶ。
 エステリーゼが全てを込めて「レイヴン」と呼ぶように。
 エステリーゼ。
 そう呼び掛ける時も、籠める想いに変わりはないのだが。
 ふと、エステリーゼが俺をじっと見ているのに気付いた。
「なに?」
「レイヴンが照れてる顔、いっぱい見とこうと思って」
「もー、からかっちゃやーよ。それおっさんの役目」
「たまにはいいでしょう?」
 悪戯っぽく笑うエステリーゼは、やはり可愛くて――愛しくて。
 抱きしめて、ぐしゃぐしゃと頭を撫でた。
「レイヴン、髪が」
「俺様をからかった罰よー」
「もうっ」
 満たされていく。仕草の一つ一つが、怒っても根底にある優しさが。触れる部分全てが。満たしていく。
……しあわせ?」
 不意に口をついて出てきた。
 ……ああそうか。
 この奥深くから湧いてくる気持ちが。
 きょとんと俺を見上げ、それからエステリーゼは考えだした。
「そうですね……最近は食料の生産も上手くいってますが、流通は大陸を跨ぐとまだまだです」
 騎士団と評議会とギルドの簡単にはなくならない軋轢、法整備、魔物対策。
 つらつらと最近の情勢を述べていくエステリーゼに、つい、苦笑を漏らした。彼女のしあわせは、やはりそこにあるのだ。
「それで」
 ひとしきり述べて、エステリーゼはそっと俺の髪を梳いた。
「今、レイヴンと居れて、とてもしあわせです」
 その声は、とても、とても柔らかく、甘く、
 ――ああ。
……レイヴンは、」
「しあわせだよ」
 共に在れて。
 同じ想いを抱けて。
 ――好きだよ。
 言葉にはしなかった。けれど、重ねた唇から、互いに伝わっていると、知っている。
 風が、草を揺らして通り過ぎていった。