冬灯夜
2014-04-16 23:50:24
1954文字
Public TOL
 

葬送

TOL ワルフェニ
・メルネス覚醒直後
・つまりフェモちゃんが(ry
・ワルター独白

……フェニモール」

 腕に抱いた少女の名を、そっと呟いた。
 もう二度と自分の力では開かないその目。ただ眠っているだけのように、表情は不思議と落ち着いていた。
 何故、と思う。
 斬られたのだ。騎士を名乗る外道の陸の民に、その正義とやらの宿った剣で。
 ……何故、こんなに穏やかな表情を見せられる。

「憎くないのか、フェニモール」

 同胞である水の民を殺戮した陸の民を。
 己を捕らえ、人体実験に使った陸の民を。
 メルネスを殺そうとし、自分を殺した、陸の民を。

 ぐ、と手に力が入る。
 フェニモールの身体は小さい。腕の中に、すっぽりと収まる程だ。
 ――その小さな娘の身体が、今は重い。
 死した者を抱きあげた事は、一度や二度ではなかった。魔物にやられた者、陸の民に無残に殺された者。幾人も、この腕に抱いてきた。
 けれど、何故だろう。
 そう変わらない年頃の娘の身体など、戦士に比べれば軽いのに。
 ……こんなにも、重い。

「フェニモール……

 そっと頬に触れ、次いで下がっている手をとった。
 さほど時間は経っていない。
 けれど、冷たい。
 直接死んだ者の肌に触れた最初は、確か仲のよかった年上の少年であったと思う。幼い頃、よく一緒に遊んでくれた少年は、魔物にやられた傷が元で破傷風をおこして亡くなった。
 その手を、握っていた。
 床の中で消えていく命を、少年の家族や友人に混じって見つめていた。
 命の灯が消えた事を告げられる寸前から、少年の身体から熱がどんどんなくなっていった。高熱を出していたのに、みるみる内に全ての動きを止めて熱が逃げていった。
 悲しくて。
 辛くて。
 泣きじゃくっていた。
 けれど、覚えているのはその悲しみだけではない。むしろそれよりも強烈に、一つの感覚を覚えている。
 ――ただ、怖かった。
 熱を失っていくその感覚が、幼い自分には気持ち悪くて、ひたすら怖かった、とワルターは思い出す。

 なら、今は?

 強く、持ち上げた手を握った。 


 何故だろう。
 何故、この少女を今、自分は抱き上げているのだろう。
 ……最初は、ただ癇に障っただけだった。
 メルネスを感情のまま罵倒する彼女が。ただ、捕まっていた事を考えれば無理からぬ事ではあったとも思う。
 けれど、陸の民に想いを寄せる素振を見せる彼女は、どうしても容認できない存在だった。
 捕らえられていた間の事を滅多に口にはしないが、ヴァーツラフ軍の残した記録を見れば言わずとも分かる。
 それなのに、あの男の言に微かに頬を朱にするなど。
 だから、許せなかっただけの筈なのに。

「フェニモール」

 何度呼んでも、足りない。
 何故だと、問いかけの言葉は尽きない。
 どうして。
 ――いや。違う。
 わかっている。
 尽きないのは、本当に聞きたいことを訊いていないからだ。
 フェニモールの表情は穏やかだ。まるで眠るように。
 ただ、眠っているかのように。

「どうして」

 その身体に残るのは、大きな、切り傷。

 流れ出した血の分だけ、より軽くなった身体。
 小さな身体に残っているのは、大きな傷。
 それはどれほどの痛みだ。
 知っている。戦いの中で、何度も受けてきた。死に掛けたことだってあったのだ。
 けれど、死ななかった。
 けれど。
 ――フェニモールは、死んだ。
 どれほど痛かった。どれほど辛かった。その中で、どうして、どうして、どうして、

「俺が憎くないのか」

 フェニモール。



「俺はお前を見捨てた」



 メルネスのために。
 水の民のために。
 ――陸の民に復讐するために。

 助けられた筈だった。
 確かに大きな怪我だった。
 それでも、あの時すぐに駆け寄って、癒しの術をかけていれば。
 言い訳になどならないのだ。
 水の民のためだなんて。

「フェニモール」

 お前を見捨てる理由に、なりはしないのに。

「フェニモール」

 ああ知っていた。わかっていた。
 本当はお前のことを、嫌ってなどいなかったと。
 わかってた。気付いていた。
 本当はお前のことを、


――フェニモール……!」


 憎んでくれ。恨んでくれ。酷い奴だと、そう思ってくれ。
 だから――目を開けてくれ。
 お前が目を開けるなら、口を開くなら、拒絶でも構わない、恨み言でも構わない。
 そんな安らかな顔など、するな。

 どこまでも酷い。
 安らかな眠りすらも、妨害したい。
 見捨てたくせに。見殺しにしたくせに。

「フェニモール」

 ただただ名前を呼ぶしかできなくて、少女の身体を抱きしめた。




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