香春 蘇葉
2021-01-30 23:21:27
2328文字
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【恋を告げる鳥】

ルシサンワンライ:鳥籠/小動物

その鳥はサファイアの瞳をしていた。丸く、日の光を受けてキラキラと光っている。その鳥の体は真っ白だった。ただし普通の鳥のように羽毛には覆われていない。光沢のある白い塗料で丁寧に、丁寧に塗り重ねられた、鋼の体をしていた。鳥籠から出ることのできない鳥は、こちらを見てきゅる、と愛らしく鳴いた。外から聞こえてくる野鳥達の囀りのようではなく、わずかに歪んだ人工的な音。弦楽器の調整をする時に耳にするような音を彷彿とさせた。

「この間テツに絵本を読んでやってた時にさぁ、コレだ!って閃いちゃってさ」

機械技師の青年は鳥籠を持ち上げて子供のように笑った。彼が言うには親の帰りが遅くなるような家の子どもが、寂しくならないように家で独りの時、話相手となる何かがあれば、と思ったらしい。彼が自分の子に読んで聞かせてやっていた絵本の内容はこうだ。
昔々、美しい姫君がいた。姫君は病気がちで、外に出ることができない。部屋の鳥籠で美しく囀る小鳥以外友達のいない姫君は、いつもベッドの中から窓の外を眺めるばかりだった。そんなある日、姫君が見ている窓の外に、少年が現れた。姫君のいる部屋は城の高いところで、敷地の中で最も大きな木に登るでもしなければ、中を覗き込むことはできない。少年は、その大きな木を登って姫君の目の前に現れたのだ。姫君がベッドから出られないのを知ると、少年は身軽にバルコニーへ飛び移って、薄く開いた窓を押し開いて入ってきた。それから毎日、少年は姫君の前に姿を見せた。雨の日も雪の日も、風が強い日も暑い日も。少年は笑顔で姫君の前に現れて外の世界の話をする。姫君はその話が大好きで、いつの間にか彼女の身を蝕んでいた孤独はなりを潜めていた。しかし、姫君の顔に明るい笑顔が戻り始めたある日、毎日姿を見せていた少年が姿を見せなくなった。それからはぱたりと、待てども待てども姿をみせない。そうしているうちに姫君の耳に城下の町で疫病が流行っているとの噂が入ってきた。心配した姫君は、唯一の友である小鳥に手紙を結わえて外に放つ。姫君と少年とのことを唯一見ていた小鳥が少年に手紙を届けてくれることを願って。

……その少年は?」

「ん?はは、怪我して来られなかっただけで、姫君への手紙の返事を小鳥に託した。小鳥は健気に二人の手紙を運び続けた。だから悲しい話ってわけじゃあ、ない。オレは、その小鳥のように、親と子の会話の掛橋になればいいって、コイツを作ったのさ」

絵本から着想を得たため、小鳥タイプから作ったが、ゆくゆくは小動物を中心に様々なタイプを量産したいらしい。青年はそこまで話すと、両手に持った鳥籠をサンダルフォンの胸に押し付けた。

「で、本題だ。試しに一体作ったんだが、いきなり子どもに渡すのも危ない。だから、誰かにモニターを頼みたいって団長に話したら、サンダルフォンがいいんじゃないかってさ」

明日からルシフェルさんが長期の依頼なんだろう?屈託のない調子で訊ねてくる青年に、ぐっと言葉に詰まる。

「子どもではないんだ。別に寂しくはない」

「まぁまぁ、そう言わずに。オレもマリエさんと離れてる時は寂しかったし、何も子どもに限った話じゃないよ。愚痴でもなんでも語りかけてくれたらいいからさ。あ。使う前にルシフェルさんとサンダルフォンの声をこいつに登録してくれよな」

じゃ、よろしく、と反論の余地も与えぬまま青年が嵐のように去っていく。後に残されたサンダルフォンは、抱えた鳥籠を見下ろして途方に暮れた。正直、本当に必要ないのだが、きっぱりと断ることができなかったのは己の落ち度であるし、それならば、しっかりと責務を果たさなければあの青年が困ってしまうだろう。自分には関係ないと一蹴してしまえばそこまでだが、それをしてしまうほどサンダルフォンは冷酷にはなれない。
ため息をついて、鳥籠を手に部屋へと足を向ける。鳥籠の中の鳥が、つぶらな蒼い瞳をこちらに向けて、またひとつきゅる、と鳴いた。





サンダルフォンとは入れ違いで別々の長期依頼に出ることは決まっていた。だから、夜遅くに帰り着いた二人の部屋が、暗闇に包まれていても何ら落ち込むことはない。ただほんの少しの寂しさが胸をよぎるだけだ。
ルシフェルは真っ暗な部屋の中に進み入ると後ろ手に扉を閉めながらぐうるりと部屋の中を見回した。そうしてテーブルの上に見慣れない鳥籠を見つけて、ああそうか、と自分が出かける前のことを思い出す。そういえば彼に乞われて声を登録したのだったか。近づいていって、鳥籠の中の小動物と視線を合わせる。確かただいま、と言えば留守中に相手がこの機械に言ったこと、したことがそのまま声の相手に返される。

「ただいま」

無機物に声をかけることにどこか新鮮さを覚えながら、鳥籠を開け、指先を差し出す。小鳥は躊躇いなくそこに飛び乗ると、まず一言二言を口にした。ルシフェル様、おかえりなさい。貴方に早く会いたいです。それを丁寧に聞いて、ルシフェルは静かに微笑む。

「うん。ただいま。私も君に会いたいよ」

小鳥は蒼い瞳をキラキラと月明かりに輝かせると、ついで二文字の言葉を口にした。常々彼が恥ずかしがって言ってはくれないその言葉に、ルシフェルがわずかに驚いていると、そのまま沈黙するかと思っていた小鳥が羽をバタバタと動かして、嘴をルシフェルの唇へ軽く押し当てた。
小鳥は相手の言葉と行動を返す。それを改めて思い出したルシフェルは、月明かりの中で静かに笑みを深めると、鳥籠の中に小鳥を戻しながら静かに目を閉じた。

帰ってきて、彼に同じことをすればどんな反応を返してくれるだろうか。