それはまだサンダルフォンがルシフェルに創り出されて間もない頃。多忙な任務の合間に中庭へ降り立っては他愛のない会話を束の間交わして、すぐに次の任務に向かうルシフェルを見送るような生活をしていたが、ごく稀にルシフェルが夜までいて、同じベッドで休息をとることもあった。
それは彼なりのコミュニケーションだったのかもしれない。はたまた愛情表現だったのやも。本人に訊ねれば、答えてくれるのかもしれないが、てらいなく訊ねることができるような純真さはすでにサンダルフォンにはない。結局ルシフェルを一度なくして、再び会い見えた今になってもわからないまま。
とにかくルシフェルは時折夜まで中庭にいて、サンダルフォンを伴いベッドに潜り込むと、どちらかが寝入ってしまうまで中庭で交わす会話以上に取り止めのない話をしていた。夜が更けて、月が天井を過ぎ随分傾くまで長い長い話をして。その時間は、数千年経った今でもサンダルフォンが時折取り出しては眺める大切な思い出である。
そう、あくまで思い出の話なのである。サンダルフォンが創られてからの月日を重ねるごとに次第にそう言った機会もなくなっていったし、ルシフェルが再顕現した今、同じベッドで眠って欲しいと言われても、きっとサンダルフォンの方が意識してしまってそれどころではなくなってしまうだろう。想い出は、美しい思い出のままで。切実にそう願っていたのだが。
「サンダルフォン……君さえよければ、私と共に眠ってはくれないだろうか」
サンダルフォンが恋心を自覚したのは、ルシフェルを一度失くした後で。再顕現してからこちら、どうにも以前のようには接することができずに、気が付けば必要最低限のやりとりしかできなくなっていた。それをルシフェルが良しとするはずがないことは、よくわかっていたはずだ。来るべき時が来てしまった。自分の枕を抱えて、ドアの目の前に立っているルシフェルを見上げたサンダルフォンが思ったのは、ただそれだけであった。
一度言い出したルシフェルが、なかなか考えを翻さないことは、彼が再顕現してからここ数か月で身に染みてわかっていた。自分が、ルシフェルの納得するような理由を示すことができないということも。渋ることも、追い返すことも、今夜の自分の睡眠も諦めて、大して言葉も交わさずにルシフェルを部屋に招き入れると、彼はあからさまにほっとしたような顔をして、大きな枕を抱え、いそいそとサンダルフォンの部屋に入ってきた。
タイミングを見計らってか、はたまた偶然か。サンダルフォンも丁度眠る支度を整えたところだったので、一言二言ルシフェルと言葉を交わしながら、ベッドの淵まで歩いていく。ほんの少しの緊張はあるものの、中庭での懐かしい思い出を脳裏に浮かべればこの一連の流れも慣れたもので、ざわざわと騒ぐ内心を何とか悟られることなく二人してベッドにもぐりこむ。心ばかりの距離を取って、なるべくルシフェルの方を向かないようにしながら、鼓膜を震わせる彼の呼吸の音を数える。徐々に速くなっていく鼓動が体の中を反響してやけにうるさく響いた。と、不意にルシフェルの掌が背中に触れる感触がする。びくりと跳ねた体を自覚しながら、震える声で彼の名前を呼べば、うん、とほんの少し寂しそうな声が返ってきた。
「サンダルフォン。こちらを向いてはくれないのかい」
「……すみません、久しぶりでどうしたらいいのか分からなくなってしまって」
「ふふ、だとしたら、私も同じだ。おいで、サンダルフォン」
それはそれは優しい声でルシフェルがおいでなんて言うものだから、抗いきれなかったサンダルフォンが肩越しに彼を振り返ると、声と同じく柔らかく微笑んだルシフェルが両手を広げて待ち構えている。また、この人は。心の中で呆れながら、抗いきれるはずもない彼の両腕の魅力に吸い込まれるようにして体の向きを変え、大人しく収まっていく。
おずおずと自分よりも余程厚い胸板に頬を寄せて、羞恥や叫びだしそうなほどの浅ましい恋慕を逸らしていると、ようやく冷静になり始めた頭が、鼓膜から飛び込んでくる音を徐々に捉え始めた。その段になってようやくサンダルフォンは気が付く。ルシフェルのコアの脈動が、記憶にあるものよりもほんの少しだけ速いことに。もう少し意識を凝らしてみれば、どうやら自分を抱き込むこの腕の温かさもほんの少しだけ熱を上げているようで。
驚きながら、顎の下から彼の顔を見上げれば、バツが悪そうな蒼い瞳と視線がかち合った。
「……わかって、もらえただろうか」
「そう、ですね……はい。こんなにコアの脈動が速いと俺もさすがに……ふ、ふふ……」
堪えきれなくなった笑みをこぼして、ルシフェルの背中に腕を回し、再び胸板にすり寄れば、彼が部屋に訪ねてきた時の緊張などまるで嘘のように体の力がほどけた。
「全てを話して欲しいとは言わない。だが二人でこうして眠りにつこうとしている時は、昔のようにとりとめのない話をしてほしい」
言われてサンダルフォンははっとする。あれだけ望んで、ルシフェルをこの空の世界に再び降ろしたというのに、その後の自分ときたら己のことばかりでルシフェルの気持ちなどちっとも慮っていなかったではないか。今この時ばかりは、自分の恋慕がちっぽけでバレてしまっても何ら問題のないようなもののように思えた。
小さく苦笑してぎゅうと目の前の体を抱きしめれば、肩口に回った彼の腕の力もほんの少し強くなる。
今夜はあの頃のように長い、長い話をしなくてもいい。こうして体温を分け合っていれば、互いの言いたいことが布越しの温度のに混じって伝わっていくように思えた。
明日の朝はルシフェルよりほんの少し早く起きて、こっそりとその額にキスをしよう。今は打ち明けられない恋慕だが、感情の向く方向が違ったとしても彼がこうして自分のことを求めてくれると言うのなら、避けていても仕方がない。恋慕をそっと押し隠すその決意のために。彼に隠れて触れるくらいは許して欲しい。
そうと決めてしまうと、今度は意識さえも淡くほどけて、とろとろと体温に溶ける。押し寄せてくる眠気に抗う術もなく、サンダルフォンはその夜久方ぶりに創造主の腕に抱かれて眠りに落ちた。
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