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香春 蘇葉
2021-01-17 23:26:15
2303文字
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【ポイント制】
ルシサンワンライ:ごほうび/宝箱
「ルシフェル様、こうしましょう」
背後から自分を抱き込むようにして覆い被さってきたルシフェルを、身を捻り、真っ赤な顔で押し返しながらサンダルフォンが言う。押し返された方はと言えば、押し返されるまま、何事もなかったかのように身を正すと、小首を傾げながら自分を見やる赤い瞳へ視線を落とした。
「何のことだろうか」
「貴方程の方なら全く頓着せずともいいのでしょうが、ここは人の子の営みの中。人の目があるところでこう言ったことをされるのは
……
その、些か慎みがないかと」
研究所にいた頃ならば、あそこは元々星の民の研究者達やルシフェルのような星の獣のための場所だ。いつどんなとこでルシフェルが己の被造物を愛でようと誰も気にしなかった。しかしひと度この空に降りてきてしまえば話は別である。人の子は他の視線を憚らず求愛行為や恋人同士の接触はしない。
再顕現して、サンダルフォンと恋仲になってからこちら、ルシフェルはことあるごとにサンダルフォンに触れ、唇で掌で指先で、愛情を示してくる。それは、当人達にとってはこの上ない幸福ではあるが、ここに人の目が加わってくるとただ幸福に浸っているわけにはいかなくなってくる。ルシフェルが求めるまま、時と場を考えることなく、彼の為す全てのことを受け入れてきた結果、ある日通りががった団員のひとりである幼子に、何の他意もなく言われてしまったのだ。あ、キスしてる、と。その瞬間、サンダルフォンに羞恥が戻ってきた。自分たちは構わずとも、人前でそう言ったことをすると、少なからず奇異の目に晒される。これが幼子だったからよかったものの、若くて元気で好奇心旺盛な年頃の子に見られた日には、揶揄されること必至であろう。グランとかジータとか言った星晶獣をあまり恐れない人種は特に。
このままではいけない、と思ったサンダルフォンは苦心の果てにひとつ対策を出した。全ての事情を聞いてなお、行き場を失った掌をうろうろとさせてしょぼくれた顔をしているルシフェルに背を向け、カウンターの下から何かを取り出してくる。
「ここに、使い道に迷ったガラス製の珈琲豆があります」
どこぞの島に停泊していた時に、ガラス作り体験へ出かけていったグラン達がお土産にと持ち帰ってきたものである。今のところ、ディスプレイに使うくらいしか、用途が見つからない。モノ自体はシティ・ローストの珈琲豆を忠実に模している上に、どういう仕組みか一粒あたりの重さが本物の珈琲豆とほとんど変わらないという、よくできた品ではあるのだが。
「ルシフェル様が人前で俺に触れることを我慢してくださった時や、俺を手伝って下さった時にはこちらを一粒ずつ、お渡しします」
「なるほど、特異点達の言うポイント制、というものか」
「
……
よくご存知ですね。そして、これが今俺達の使っているカップ一杯分の珈琲を淹れるに足る量まで貯まったら
……
」
そこで一度サンダルフォンが言葉を切って俯く。どうしたのだろうか、と様子をよくよく見てみれば、髪の隙間からわずかに除く彼の耳の先が淡く朱にそまっていた。息をそっと飲んで、瞬きひとつゆるりとしていると、不意にサンダルフォンがこちらの手を取って、その掌にガラスで作られた珈琲豆ひとつを乗せた。
「その、ご褒美と言っては何ですが、貴方のお願いを何でもひとつ聞きます」
二人きりの時や部屋にいる時は今まで通り我慢しなくてもいいですから。それだけを言い置いて、サンダルフォンはそそくさと作業に戻っていく。その背と、彼が残した珈琲豆とを交互に見やったルシフェルはほんの少しだけ考えるそぶりを見せると、ガラスの珈琲豆を握り込んで淡く苦笑を浮かべた。
*
何だ、これは。ルシフェルと自分にあてがわれた部屋を掃除中、ひょんなところから見つかったそれに指先をかけながら、サンダルフォンは思わずぼそりと呟いた。部屋にひとつだけある本棚の、最近ルシフェルが集めてくるお陰で増えてきた蔵書、その奥。ひっそりと息を潜めるようにして収められていたそれは、一見すると小さな宝箱のような様相をしていた。そういえば少し前、騎空団に所属する幼子達が自分達の宝箱を楽しそうに作っている姿に興味を示して、ルシフェル自らもそれに混ざり、宝箱作りに興じていたような気がする。手作りの範疇を明らかに超えた、精巧なそれを手に取って、サンダルフォンは嬉しそうに眉を下げる。最近は他の団員達とも積極的に交流していて、ルシフェルは実に楽しそうに過ごしている。サンダルフォンとしてもルシフェルがずっと自分と共にいるよりは、たまに方々へ出かけて楽しく過ごしてくれる方が嬉しい。
さて、宝箱の中身は。他人が厳重に隠していたものを暴くのはよくないとわかっていながらも、抗えない好奇心に負けてサンダルフォンはそっと宝箱の蓋を開けた。
「これって
……
」
「もうすぐ珈琲を一杯淹れるに足る数まで集まるだろう」
何の前触れもなくかけられた声と共に、するりと腰に腕を回されて、抱きすくめられる。肩口に降りてきた頭が、甘えるように擦り寄ってきて、サンダルフォンは思わず小さな悲鳴をあげて、身を固くした。
「君にどんな願いを叶えて貰おうか迷ってしまう」
「お、お手柔らかにお願いします」
返事の代わりに、宝箱へかけた手に、彼の掌が覆い被さってきた。指の腹で撫でさするように手の甲を辿り、互いの指を絡めて握り込むと、ルシフェルが肩口で吐息混じりの声音で囁くように言う。
「ご褒美、とは特別なことなのだろう?」
ぱたん、と宝箱の蓋が閉まる音がした。
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