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香春 蘇葉
2021-01-14 12:22:18
2332文字
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【所有】
お誕生日プレゼントのベファベ。ファーさんとお見合い写真の話。
眠りの必要がない獣だって、眠るからにはより良い場所で眠りたい。
ベリアルにとってそれはルシファーの寝息が聞こえて来る場所である。例えベッドの下の床に追いやられようと、部屋の出入り口のドアの前へ行けと言われようと、目を閉じて眠りに落ちるその瞬間に、愛する創造主の健やかな寝息を聞くだけで、まるで穏やかに寄せては返す波に攫われるかのような心地で、眠ることができるのだ。
と、まぁ口ではなんと言おうと、眠りの果てで目を覚ます場所は、できればルシファーのすぐそばがいいのだが。
カーテンの隙間から朝日が顔にそっと顔にかかる気配がして、ベリアルはにわかに目を覚ました。まつ毛を震わせて、起き抜けの気だるさに負けそうになりながら瞼を押し上げる。そうして現れた視界をまずはぐうるりと周囲に巡らせたベリアルは満足げにひとつ頷いた。ああ、悪くない朝だ。
目が覚めてすぐに最愛の創造主の顔がそこにある。昨晩はなんの気まぐれか、ルシファーの寝支度を整えている間にベッドにも連れ込み、何十年ぶりかに情を交わしたが、それはそれは心躍る夜であった。再生能力も相まって体に刻まれた歯形や鬱血痕はまるで昨夜のことなどなかったかのようになくなってしまっているし、ベリアルはベリアルで彼の体に傷はひとつもつけたくはないが故に、見える限りの真っ白な肌には跡ひとつない。情事の余韻は体にほんのりと残る疲労とルシファーの眉間に刻まれたいつもより一、二本多めの皺を除いては全くと言っていいほど持ち込まれてはいなかった。昨晩のことが夢のようで、なかなか気分がいい。ルシファーのきまぐれは、夢現の狭間に見た幻のように儚くて。それが殊更、ベリアルの心を満たすのだ。
腰元に回されたルシファーの腕を名残惜しく思いながらも丁寧に剥がして、今にも鼻歌を歌い出してしまいそうな上機嫌に浸されながら石造の床につま先をつける。床に散らばった衣服を拾い上げて、皺や汚れを念入りに確認しながら身につけると、ベリアルは最後に一瞥だけをルシファーに向けて、淡い微笑みと共に寝室を出た。
生来、夜の闇を歩く方が性にはあっているが、こう言う朝は早々に起き出して活動するのも悪くない。数時間後にルシファーを起こすことを考えながら、昨日までの、数日間に渡る徹夜作業のさなかに、散々乱された執務室を整えていく。
机の上に堆く積まれた本を全て本棚に戻して、書類を選別し、衣類をカゴに放り込み。そうしてようやく現れた執務机の表面であったが、その一角に見覚えのない冊子の小山が作り上げられているのを見つけて、ベリアルはひとつ瞬きをした。
好奇心のままなな一番上に積まれた冊子を手に取って、内容を軽く確認する。
「
……
フゥン」
ファーさんもすみにおけないね。重ねて空気に溶け出した言葉は冷たく鋭く。先程までの上機嫌さは一瞬のうちで跡形もなく消え去っていた。
*
「ベリアル」
起き抜けのベッドの上、寝足りぬとばかりにひどく重い頭をもたげて、差し出された紅茶を受け取ったルシファーは、ある種の違和感を感じて低い声音で己の被造物の名を呼んだ。しんと静まり返ったベッドルームの石造りの壁に、低く唸るようなルシファーの声音が反響するだけで、いくら待っても返事が返ってくることはない。そもそも、紅茶を差し出してくるその過程のさなかであっても、いつもならばうるさいくらいに話かけてくるというのに、今日ときたらたったの一言も口にしないのだ。
違和感の正体はこれか。手にしたソーサーからついとカップを持ち上げて、紅茶を静かに嚥下しながらベリアルへじっと視線を据える。そうしていると、我慢の限界がきたのか、赤い瞳が刹那歪んで、次いで彼の眉間に皺が数本刻まれた。
「口を開かなければ、新居にも連れて行ってもらえるかと、思ったんだが
……
やはりファーさんを前にして口を閉ざすのは少々
……
いや、かなり難しい」
「
……
?なんの話だ」
「ファーさん、結婚するんだろう?」
キミが家庭を持つとは、にわかには信じがたい話だけれどね。肩をすくめるベリアルを前にして、ルシファーは束の間返答に窮した。しかしすぐに上層部の面々が、徹夜で頭が朦朧としているのをいいことに置いていった見合い写真の存在を思い出して、眉間の皺を深くする。
「主人の持ち物を勝手に検めるなど、偉くなったものだな」
「嫌なら、オレの目が触れないところに隠しておいておくれよ」
「何を勘違いしているのかは知らないが、」
言葉を一旦切ると、ルシファーはカップをソーサーに戻して、そっとサイドチェストの上に戻した。ついで面倒くさそうにベッドサイドまで寄ってくると、床の上で項垂れるベリアルの顎を、指先で掬い上げる。
「俺に伴侶など要らん。必要とするならば、計画に有用な駒のみだ。アレはお前に、折を見て突き返させようと考えていた
……
それに、あの程度のモノで俺の思惑を推し量ろうなど、千年早い」
思考能力に不具合でも生じたか?ルシファーの口元が皮肉げに淡く緩む。顎の輪郭を撫でさすられ、くすぐられながらその表情を惚けたように見上げたベリアルは、ついでハッと我に帰ると、浮き足立った末にあまりにも浅慮だった自分を思い出して、ほんの少し顔を歪めた。
「己の厚顔無恥さが今になって理解できたようだな」
「ハハ
……
仰る通りで」
「しかし、まぁ
……
厚かましくも俺に疑惑を向けてくるということは、お前が誰の所有物なのか、いまだに自覚が足りていないと言うことか」
顎をくすぐる手が止まる。ハッとして目を見開けば逆光の中でくすんだ蒼が静かに光った。
「今からでも教え込んでやるが、どうする」
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