香春 蘇葉
2021-01-11 03:08:10
2579文字
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【枕の下に腕時計】

災厄ショタ。最近ルシフェル様が出かける直前に物を隠しがちなフォン君の話。

「キミ、またストーカーにでも遭っているのかい」

相談事がある、と昼休みの食堂に引っ張って行った彼と、向かい合わせで食事を取りながら端的に本題を切り出せば、開口一番にそう言われる。確かに昔はよく、顔も名前も知らない女性に付け回されたり、挙げ句の果てには勝手に合鍵を作られて部屋の中のものが少しずつなくなっていったりといったことはあった。しかし今回の場合は事情が全く異なる。本題として、自分の持ち物が毎日少しずつなくなっている、とは話したが、今回は犯人がわかっている上大した実害は出ていない。精々なくなったものを探して出かける時間が少しばかり遅くなる程度である。ルシフェルの頭を悩ませているのは、誰がやったか、ではない。何故やっているのか、なのだ。
眉を寄せて咎める意図も込め、彼をじっと見やれば、ルシフェルの愛し子と同じ色の瞳を戴いた目元が歪んで、ついで彼が大仰に肩をすくめる。諸手を上げて、降参だと言わんばかりの彼は、しばらくすると上目でこちらを見やって、で?と首を捻った。

「オーケイ、ルシフェル。ストーカーでないというのなら、一体誰がキミの私物を隠す?」

……それが、その、サンダルフォンのようで」

「サンディが?そりゃまたどうして」

ご丁寧にもルシフェルが出かける直前に、スマートフォンや腕時計、PC眼鏡などの小物を鞄や定位置から持ち出しては、自分の玩具箱の底や本棚の本の間などに隠すサンダルフォン。何故なのかはわからない。ただルシフェルが家を出る前に隠された物を探していると、必ずしたり顔で笑いながら言うのだ。どうだルシフェル、こまったか?と。

……ルシフェル」

話を全て聞いた後、ベリアルが深々とため息をつく。テーブルの上に肘をつき、組んだ手の甲に額を押し付けて俯いた彼は、そのままの状態で呆れ返ったような声でこちらを呼んだ。ああ、と返事をすれば、ほんの少しだけ頭をもたげた彼が、少し乱れた前髪の向こう側で、値踏みをするような視線を寄越す。

「キミ、最近休みは取れているかい」

「休日は昼過ぎに呼び出されて、サンダルフォンをシッターに任せ、仕事に出ている事が多い」

「なるほどね……とりあえず、明日キミを強制的に休ませるから、サンディの可愛い思いやり乗ってやりなよ」

思いやり?と繰り返せば、のそりと上体をもたげたベリアルが心底胸糞悪そうに口元を歪めた。サンダルフォンがしているのは、可愛い悪戯ではないのだろうか。
顔に出ていたのか、はたまた長い付き合い故に考えていることがわかったのか、じとりとこちらを睨みつけたベリアルが眉間へまたひとつ深い皺を刻んだ。

「やれやれ。ここまで不感症だとサンディが可哀想になってくるね」

いいから言われた通りにやってごらんよ。呆れ顔の彼に、小首を傾げながらとりあえず応じれば、しばしの沈黙の後に彼が小さく舌打ちをした。





「ふははは!どうだルシフェル!とけいがなくてこまるだろう?でかけられないだろう?さぁ、こまったといえ!」

相変わらず戦隊物特撮作品の、ヒーロー側より悪役側が好きな愛し子が、それはそれは楽しそうに言いながら、ルシフェルの小指を小さな手で握った。強制的な休みにも関わらずスーツ姿を整えたルシフェルは、自分の手元に視線を落とすと、握られた小指を見つめてそっと眉を下げる。

「うん。困ってしまったね。これでは仕事にいけない」

「そうだろう!そうだろうとも!さぁむだなあがき……?はよしておれとこい!」

しゃがみこんで、目線を合わせれば、すかさず彼の腕がルシフェルの首を抱きしめて、胴体にしがみつくようにしてくっついてくる。その体を支えてやりながら、柔らかな鳶色の髪に頬をすり、と寄せてどこに行けばいいのかな、と訊ねればベッドのとこ、という返事が返ってきた。応じて、決して長くはない廊下を歩いている間にも、幼子の腕はどんどん力を増していく。これはベリアルが言っていたことが正解だろうか。そんなことを思いながら寝室に入り、ベッドにサンダルフォンの小さな体を下ろせば、掴まれた小指をつんと引かれる。

「サンダルフォン?」

「きょうはいちにち、おれとここでおやすみしていろ。ルシフェルがびょーきになったら、だれがおれのめんどうみるんだ」

ふむ、と束の間考えたルシフェルだったが、彼には内緒なだけで今日は休みである。ならば少しくらい怠惰に過ごしてもいいのではないだろうか。彼もこうして、ルシフェルの身を案じて物を隠すまでして出勤を阻んでくれているのであれば。
たまには汲んであげないと後々絶対尾をひく、とはベリアルの言葉。不意にそれを思い出したルシフェルは、スーツをいつもより雑に床へ脱ぎ捨て、ワイシャツと下着のみの姿になると、ベッドで仰向けに転がるサンダルフォンの隣にぼすんと背中を投げた。

「確かに、君の言う通りだ。時計がなくては出かけられない。今日は君と、ここでおやすみすることにしよう」

もっともらしく言って、隣の小さな体を勢いよく腕の中に閉じ込めると、きゃー、とはしゃいだような声が寝室に響く。

「ほんと?ほんとうにしごとにいかないのか?」

「本当だよ。そうだ……起きたら君と遊ぶのもいいかもしれない。何せ、時計がないからね」

額を腕の中の丸い頭へぐりぐりと押し付ければ、くふくふと笑いながらサンダルフォンの頭が胸板に擦り付いて来る。しばらく好きにさせていると、不意に彼の動きが止まって、小さな腕がぎゅうと胴体に巻きついて来る。

「ルシフェルさま、びょーきになっちゃやだ……

まぁ、心配半分面白くない、が半分だろうね。ルシフェルの脳裏を相談に乗ってくれた時のベリアルの言葉が過った。なるほど、サンダルフォンの思いやりとはこう言うことか。子どもの温かな体温にとろとろと下がってくる瞼を自覚しながら、サンダルフォンを更に抱きこんで深く、息を吸う。

「そうだね。私も少し、休むとしよう」

午前七時三十分の寝室。二度寝するには少し遅く、深く眠りに落ちるには早い。それでも今日は時計が見つからないのだから仕方がない。しがみつく幼子にそっと苦笑すると、緩やかに上下する小さな体に呼吸を合わせて、ルシフェルはそっと瞼を閉じた。