香春 蘇葉
2021-01-09 02:13:50
2511文字
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【髪】

シオサン。依頼先で髪が伸びて帰って来たルシオの話。

昔々、星の民のある男が、その死の間際己の富と一体の星晶獣を高き塔の天辺に収めた。主人亡き後星晶獣は長き髪を地に垂らして歌う。

〝いつか私の王子様がこの長い髪を伝い私に会いに来てくれるの〟

主人亡き悲しき獣、寂しい獣、その永き身の破滅を希う。

〝いつか私の王子様が眠りに誘ってくれるわ〟

星の獣、その長き髪を切り渡して眠る。長き髪新たな主人得て、天辺への綱とならん。






……何事だ?」

戻ってきた面々、とりわけその中心で困ったように笑みを浮かべて立っているルシオを目にした瞬間、サンダルフォンの口を突いて出てきたのはそんな一言であった。
依頼へ向かうメンバーには入らなかったため、留守の間のんびりと過ごせたこともあり、出迎えくらいしてやろう、といつもより軽やかな気分を自覚しながら甲板に出た。留守中試してみた新しい焼き菓子を、今日くらいはあのいけすかない恋人に振る舞ってやるのもいい。何せ初めて作ったにしてはうまくいったのだ。珈琲も今日は素直に淹れてやってもいい。そう思っていたのだが、依頼に出ていた面々が視界に飛び込んできた瞬間に、一気に吹き飛んでしまった。
団長をはじめとして、ルシオ以外のメンバーは皆その腕に何かを抱えている。温かみのある白銀の、何かの毛のように見えるそれは、よくよく観察するとその先が同じ方向に伸びているようだ。ひとつ瞬きをして、団長が抱える毛束の先を辿る。そうしてたどり着いた先を認めたサンダルフォンはゆっくりと瞠目すると、まるで真夜中に廊下で幽霊にバッタリと遭遇したような顔をして、最初の一言を口にした。

「まぁ、そうだよねぇ……

僕も最初はそう思ったもん。うんうんと頷きながらグランが言う。あまりの状況に言葉が継げなくなった代わりに、言葉の外で説明を乞えば、勝手知ったる間柄のグランはこくりと深くうなずいて事の仔細を語り始めた。
今回の依頼は星の民と空の民との間に生まれた子どもの末裔である、とある村の男性からであった。昔からその村にはとある伝承がある。外れの深い森に建つ石造の塔には髪の長い星晶獣が住んでいて、その髪を伝い最後まで登りきれた者には天辺に収められた富を得ることができるだろう、と。塔を建て、富を収め、星晶獣を置いたのは他ならぬ依頼主の男性の先祖である。故に事の真相や収められている富とやらが殊更気になってしまうのだ。それに、近頃村では原因不明の現象が起こっていたのだと言う。

「髪が伸びる……?」

「そう、朝起きたら男の人もすごく伸びてたりしたんだってさ」

長い髪の星晶獣の伝承も相まって、星の民の末裔である男性はよろず屋経由でグラン達へ依頼するに至ったのだと言う。そうして赴いた村の外れ、深い森の中の塔。確かに塔からは長い髪が降りてきていたが、依頼に赴いたほとんどの者が伝い登るどころか髪を掴むことさえできなかった。そう、ルシオ一人を除いて。

「元々稼働限界だったのでしょう。彼女の髪に宿るエーテルが暴走をして、近くの村にも影響を与えていた」

ルシオと顔を合わせた瞬間、星晶獣は微笑んでその身を瓦礫のように崩した。最後に残ったヒビの入ったコアを、せめて依頼主の男性にとルシオが拾い上げた瞬間、それは起こったと言う。塔が激しく揺れて崩れ始めたのだ。元々足場も少ない場所であっため、不意を突かれたルシオは宙に放り出された。かと言って慌てることはなく、いつもの通り羽を展開させたところで、コアがその力に反応して瞬く間に眩い光に包まれて。咄嗟に目を閉じたグラン達が次に目を開けると、すでにルシオはこの状態だったのだとか。

「これは僕の予想なんだけど、伝承に謳われている富って星晶獣の髪に含まれた莫大なエーテルだったんじゃないかな」

「その可能性が高いでしょう。現に今、私の髪にはいつも以上に力が篭っています。恐らく切ってしまえばその断片から空気中にエーテルが霧散して、伸びた髪も何の変哲もないものになるかと」

ここは早々に切ってしまうのが得策でしょう。なんて事はない調子で言ったルシオが、腰元から獲物を抜こうと柄に手をかけた。

……少し待て。切ってしまう前にひとつしてみたいことがある」

そこに制止をかけたのはサンダルフォンだった。意外なところからのストップに、ルシオとグランの二人が顔を見合わせる。再び彼の方へと視線を戻せば、こちらを見るその表情は不機嫌そうまでも、赤い瞳はソワソワと好奇心に揺れていて。ルシオの長い髪にじっと据えられていた。






「正直、意外でした」

何がだ、と返せばくすぐったそうにルシオが肩を揺らした。それに合わせてふわふわとした髪の束も揺れて、折角束ねたばかりだと言うのにサンダルフォンの掌から容易に逃げていく。動くな、と言葉にする代わりに軽く髪を引っ張れば、上機嫌に彼が喉の奥で笑って、サンダルフォンの肩口にもたれかかるようにして後頭部を預けてきた。

……おい。これでは髪が結えん」

「切ってしまえば済むような髪など、いつもならば気にも止めないでしょうに。どうして結おうなどと思い立ったのですか?」

……普段、キミが何かと俺の世話を焼くから……たまには俺も、と」

これだけ長ければ何をするにも一人では持て余してしまう。普段の彼ならばサンダルフォンが手を出す前に自分のことは全て自分で終えていて、世話を焼く隙がないのだ。こんな時くらいは、世話焼きの真似事くらいはできるだろうか。そう思っての行動だった。
徐々に尻すぼみになっていったサンダルフォンの声に、ルシオは束の間きょとんとすると、ついでその口元をこらえきれないと言わんばかりに喜色で緩めた。

「ふふ、嬉しいです。この髪はすぐに切ってしまいますけど、私の髪がまた長くなったら、こうして梳いてくれますか?」

……?こんなことが何度もあって堪るか」

しばらく大人しくしておけ。顔を覗き込むようにして額に宥めるようなキスをされて、少しだけ眉を下げる。

「そうですけど、そうではないんです」

「変なやつだな……