香春 蘇葉
2021-01-07 12:43:27
3838文字
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【団長室立て籠り事件】

復活時空ルシサン。艇一強固な防御力を誇るグくんの部屋にフォンが立て篭もる話。

朝起きて、部屋を出て共用の洗面所に向かう。そこで顔を洗い、歯を磨き、そうして食堂へ向かう。今日の予定は憂鬱の一言に尽きる。何せ依頼にかまけて後回しにしていた書類を全て終わらせなければならないのだ。毎回ために溜めて、最後に泣きを見るものだから、今回はご丁寧にもお目付役が付いている。そう、パーシヴァルである。
他の人ならばよかった、とつくづく思った。これが例えばランスロットやカタリナであったなら、生来自分よりも年若い者に弱い二人のことである。グランが必死にねだれば、書類仕事の合間を見て適時解き放ってくれる。しかし、パーシヴァルではそれが通用しない。きっと文字通り全ての書類が終わるまで、部屋から出してはくれないだろうし、何なら食事だって一人寂しくうず高く積まれた紙束に囲まれて食べなければならない可能性がある。パーシヴァルとはそういう男である。しかしそれでいて、グランがきちんと成し遂げれば心の底からの賛辞を口にして、たまにご褒美もくれるのだから、憎むに憎めない。
さて、ここまでは朝、一度は出て行った部屋へグランが再び戻るまでの、実に年頃の少年らしいありふれた嘆きである。事件は朝食を終え食堂を出た彼が、パーシヴァルを伴って自室の前まで来たところで起こった。

「ん……?グラン、部屋の前に誰かが」

「へ?誰だろ……って、ルシフェルさん?どうしたの?」

パーシヴァルの声に釣られて視線を上げれば、グランの部屋の戸に額を押し付けて、静かに瞑目しているルシフェルの姿があった。最近はサンダルフォンとの仲も問題ないようで、二人とも実に楽しそうであったが、今この時の彼は悲壮感に濡れたひどい顔をしていた。
声をかけたと言うのに返事がない。聞こえなかったのだろうか、と小首を傾げて小走りに駆け寄れば、丁度すぐ隣にまで来たところで彼がふっと目を開いて、蒼い瞳がこちらを見た。

「特異点、サンダルフォンが……

「サンダルフォンが?」

「君の部屋に立て篭ったまま出てこようとしない」

は?グランは咄嗟に後ろでこちらの様子を見ていたパーシヴァルと顔を見合わせた。彼もグランと同じ気持ちらしく、困り果てたように首が横にふられる。全くもって話が見えない。
ちょっとどいて、とルシフェルとドアとの間に体を捻じ込んで、扉を叩いてみる。返事はない。試しにドアノブを引いてみても、内側から鍵がかかっているようで開く気配はない。団長の部屋だから、と有識者各位がこぞって知識や技術を結束させた結果、グランの部屋は中側から鍵をかけてしまえば外側からいくら鍵を差し込んでドアノブを回そうが扉が開くことはない。防御面も考えて、サンダルフォンが奥義を一発放ったくらいでは壊れないような仕様になっている。本人によって実証済みだ。こんなところで、優秀な防御が仇になってしまうとは夢にも思わなかった。

「サンダルフォン?おおーい!サンダルフォン!!出てきてくれない?僕今日忙しいんだけど……早くしないとパーシヴァルに怒られるよ……

……からな」

ここにきてはじめての反応にグランはかすかに目を見開いて、右後ろに佇んでいるルシフェルの顔を見上げた。思った通り、先よりは少し浮上した表情をしている。サンダルフォンが立て篭ったのはグランが部屋を出た時間を思えばどう考えても一時間経っているかいないかで。そんな僅かな時間でも、サンダルフォンに無視をされたくらいであんな顔になるのだ。大体のことには寛容なグランも、これには思わず呆れてしまう。全く、付き合い始めた恋人でもあるまいし。
とは言え、とグランは短く息をつきながら扉に向き直った。先程返ってきた声はあまりに小さくて、サンダルフォンが口にしたその内容を聞き取れなかった。ならばもう一度、今度ははっきりと聞いてやるまで。グランは表情を引き締めると、一度目よりも多目に扉を叩いて、大きく息を吸い込んだ。

「抵抗はやめろ!君は包囲されている!大人しく姿を見せろ!!」

「喧しい!ルシフェル様が本当の意味で謝るまで俺は絶対にここから出ないからな!!」

嫌っていったのに。最後に小さくそう言うと、部屋の中のサンダルフォンは沈黙した。そろそろと肩越しにルシフェルを見やれば、先ほど少し浮上した表情に再び悲壮をにじませている。まるで飼い主に置いていかれた犬のようである。

「ルシフェルさん、何したの……?」

「寝起きに肌を合わせていたら、歯止めが利かなくなっ、」

「待ってくれ。それは子どもに聞かせられる話か?」

少しこちらに。口元をふんわりと覆った手でそのままルシフェルの手を掴むと、パーシヴァルは数十歩離れた場所にまで彼を引っ張っていく。そうして聞いた話は、曰く。
昨晩も二人で体を重ねて何度も求め合い、熱い夜を過ごしたらしい。情事の後身を寄せ合い、眠りについた翌朝。微睡に浸る体の気だるさに任せて、起き出すまでに素肌で戯れていると、ふとどちらからともなく指先が、掌が明確な意思を持ち始めて、結局まだ日も昇りきらない明け方から数度熱を交わらせた。最後の方になるとサンダルフォンからの制止の声が入るようになってはいたが、思いの外夢中になってしまっていたようで、結局日が昇ったことに気がついて我に返ったサンダルフォンが、震える体でベッドから逃げ出すまで行為に耽っていたのだという。
最後まで聞いたパーシヴァルは見たことか、とそっと心の内でため息をついた。やはり十五歳の少年に聞かせられた話ではない。

「その、力加減を、誤ってしまったそうだ」

「ああ〜ルシフェルさんすぐやりすぎちゃうから……サンダルフォン勝てなくて拗ねたんでしょ……朝早くから鍛錬でもしてたの?」

「そう捉えて貰っても構わない」

グランに包み隠さず明かすつもりであった癖に、パーシヴァルの意図を捉えるのは速かったらしく、ルシフェルは僕も参加したかったなぁ、と重ねてぼやくグランに小さく頷いてやっている。
殊人外の存在というものは認識の齟齬をすり合わせることがそもそも難しい。深々とため息をついたパーシヴァルは腕を組むと、目を凝らせば辛うじてわかるくらい微かに困ったような顔をしているルシフェルへついと視線を向けた。

「それで、貴殿はどうされる。策などは?申し訳ないが俺とグランにあまり時間はないぞ」

「こういう時は裸踊りが定番だってユエルが言ってたような……

「それは東の方の伝説だろう。それに、そんなことをルシフェル殿にやらせようものなら、」

「ルシフェル様に不敬なことをさせようものなら後で覚えておけよ……

部屋の中から会話に割って入った地を這うような声に、パーシヴァルがほらな、と肩を竦める。ルシフェルに対して怒っているのだかそうでないのだかわからないサンダルフォンの反応に、苦虫を三匹ほど噛み下したような顔をして、グランは硬く閉ざされた自室の扉を見つめた。
中には今日が締め切りの書類もあるのだ。裸踊りなんて突拍子のない発想にでも縋りたいほど、グランは早急にこの扉が開くことを望んでいる。

「ここはやっぱり、ルシフェルさんが正直謝って、もうしないって約束しなきゃいけないんじゃないかな」

何が悪かったか自分でよくわかっているんでしょ?グランが首を傾げれば、間髪入れずにルシフェルが頷く。その反応に満足げに頷いたグランは、部屋の扉を再度ノックすると、中で膝を抱えているであろうサンダルフォンに声をかけた。

「サンダルフォン?ルシフェルさんが話したいことがあるって。聞いてあげてよ」

返ってきたのは沈黙。それでもグランは構わずルシフェルを扉の前に押し出すと、思っていること正直に、と小声で囁いてその背を軽く叩いた。
一瞬の逡巡の後に、ルシフェルが扉へ向き直る。掌でそっと扉を撫でたルシフェルはその蒼い瞳を再び瞼の下へしまいながら、サンダルフォン、と希うような声音で中にいる愛し子の名前を呼んだ。

「すまない。君があまりに愛らしくて、情けないことに歯止めが利かなかった。直接君に謝罪をする機会を、私にくれないだろうか」

「そんなこと言われても、」

「それに私は、君の姿を見ることが叶わない今の状況が、寂しくて堪らない」

どこから声を出せば、こんなにも腰にくるようないい声が出せるのだろうか。そばで見守っていたグランは絶世の美丈夫が恋人に許しをこう姿を眺めながら心の内で感心していた。喧嘩度にサンダルフォンを揶揄っていたが、これはすぐに陥落してしまっても無理はない。
案の定しばらく経った後に鍵の開く音がして、薄く開いた扉の隙間から赤い瞳が覗く。

……次からは俺がやめてほしいとお願いしたら、やめてくれますか……?」

「誓おう」

「本当に、死ぬかと思ったんですからね」

扉の隙間から差し出された手をルシフェルがそっと握った。その手を引けば、どこか拗ねたような顔をしたサンダルフォンが部屋から出てくる。グラン達が見ている中で二人はしっかりと抱き合うと、十五の少年が見るには少々刺激が強いキスを交わし始めて。反射的に自分の目を両手で覆ったパーシヴァルの、その指の隙間から徐々に力が入らなくなっていくサンダルフォンの姿を眺めながらグランはため息をつく。

「で?結局立て籠りの原因は何だったの?」

「さてな。子供にはまだ早い」