香春 蘇葉
2021-01-03 18:36:30
2280文字
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【二人の朝】

ルシサンワンライ:正月/丑年

ぱち、と火にくべられた木が爆ぜる音でにわかに意識が浮上した。いまだ眠りの淵に沈んだ睫毛を必死に押し上げて、上体をもたげ、ぐるりと視線を巡らせれば、どうやら暖炉で揺れていた火が最後にいま一度燃え上がろうと頑張ったその結果だったようで。随分と小さくなった火に納得して、ひとつ頷き、もそもそと体を起こせば、いまだ薄暗い部屋の中に、サンダルフォンひとりだけの影が朧げにゆらりと揺れた。
そう言えば、寝入り端にしっかりと自分を抱きしめていたルシフェルは、一体どこへ行ったのだろうか。暖炉の火が消えかかっているところを見ると、この小屋を離れてから随分と経っているらしい。仮に彼がつい今しがたまでここにいたというのならば、あの火はサンダルフォンが目を覚ましたその瞬間も煌々と燃えていたことだろう。
さて、彼がいないとすると、一体どこへ行ったのだろうか。部屋の明るさと窓から見える外の様子を見やれば、まだ夜明けまで随分とあるようだ。こんな時間にルシフェルがここを離れているということは、何か自分に隠れて済ませたいことがあったのか、はたまたひとりになって考えたいことでもあったのか。小屋にひとり残された今の状態では、彼の想いを推し量ることなど到底できやしない。だとすれば、早々に姿を消したルシフェルを見つけなければ。
暖炉の火を肩越しに一瞥すると、サンダルフォンはベッドから厚手のキルトを持ち上げて、肩から簡単に羽織った。つま先から順にエーテルをまとわせて、いつもの靴を編めば、よく手入れされているものの古めかしい床板が小さな悲鳴を上げる。ああ、そういえば踵の高い靴を強く叩きつけてしまうと、古い床板にはあまりよくはなかったのだったか。騎空団から与えられた休暇の初日、この小屋に到着して室内を確認したルシフェルが、ぽつりとそんなことをこぼしていたので、よく覚えている。現存する古き物は何かしらの想いがこもっていたり、意味があるものだから、大切にしなくては。蒼い瞳をどこか愛おしげに眇めながら、室内を見回していたルシフェルの横顔は、サンダルフォンがいまだ目にしたことのないものであった。束の間跳ねたコアの脈動が、しばらく整わなかったほどに綺麗で。
苦笑を浮かべながら床板を傷つけないように踵を浮かせながら戸口に向かう。人の営みの中で生活をしている時間はサンダルフォンの方が長いというのに、ひとつひとつの情緒や意図を解するのはルシフェルの方が余程早い。この小屋に今いるのだって、ルシフェルが年を越すなら二人きりで静かにゆっくりと、と願ったからである。サンダルフォンひとりでは、きっと騎空団の年の瀬の騒がしさに巻かれているだけか、部屋に閉じこもっていただけだっただろう。
だからこそ、尚更新年で最初の朝日が昇ろうというこの時に、ルシフェルがひとり小屋を離れている理由がわからなかった。二人きりでゆっくり、と言うのなら、自分が目を覚ますその瞬間までベッドの中にいてくれてもよさそうなものである。
軽く頬を膨らませて、サンダルフォンは戸を開けた。瞬間、吹きつけた風は昨晩の雪を含んで冷たく湿っていて、呼吸をひとつするだけでも肺が凍ってしまいそうな程である。きっと外に、何かしら興味をそそられるものがあって、ルシフェルは外に出たに違いない。ようするに置いて行かれたのだ。
うんうん、と誰に向けるのでもなく頷いて、辺り一面に広がった銀世界へサンダルフォンは一歩踏み出そうとした。

「君は、こんな時間に一体どこへ?」

不意にすぐ傍、下の方から声が聞こえてきた。構えていなかった問いかけに、体を小さく跳ねさせて、そろそろと視線を下へ向ければ、ドリップポットを焚き木にかけながら、ルシフェルが小屋のすぐそばに座り込んでいた。何故、そんなところに、と訊ねようとしたところでこちらを見上げる蒼い瞳が柔く弧を描いて、次いでルシフェルが、自らが座る角材のその隣をぽんぽんと叩く。ここに来いと言わんばかりの動きに、内心首を傾げながら促されるまま腰を下ろせば、すかさず肩を抱かれて、ぎゅうと身を寄せられた。

「貴方こそ俺を小屋に置いて、何を?」

「ふふ、君ならば気が付いて起きだしてくれるかと思って、先に出てきてしまった。すまない。もちろん、日の出までに君が起き出さなければ、きちんと起こそうと思っていた」

そういうことを聞いているわけではないのだが。ルシフェルが吐息を吐くたびに空気に浮かぶ白をぼんやりと眺めながら内心ため息をつく。

「後十数分で夜明けだ。きっと君と迎える朝日は格別だろう」

「それはいいですけど、今日は昼までにここを引き払って、丑神宮でグラン達と落ち合う予定ですよ」

……なるほど。君と二人きりの時間も、今日で終わりということか」

気落ちしたようにそう言って、次いで甘える様に落ち着けられた頭を頬で受け止めると、くすぐったさに肩を揺らす。蒼い瞳が物言いたげにサンダルフォンを上目に見つめるので、それにもうひとつ、笑みを深めると、軽く体を捻ってルシフェルの前髪の上からそっと唇を押し付けた。

「にぎやかな正月というのも、悪くないものですよ」

「君が言うのならば、きっとそうなのだろう」

穏やかに、ゆっくりと新年の朝の時間が流れていく。二人で身を寄せ合って稜線を見つめていれば、ゆるりと金の光が縁取って。
今年はきっといい年になる。去年のルシフェルがいなかった正月を思って、苦笑しながら彼の腕を抱き込めば、それに応える様にして肩を抱く腕の力が強くなった。