元々年末に予定が合うこと自体が少なかったので、付き合いは長いが、年を越すその瞬間一緒にいたことはほとんどない。同棲を始めた今年こそは、と二人で予定を合わせて、何とか年内の仕事を片付けたのが昨日のこと。そこから二人で買い出しに出て、大晦日はもうどこにも出ずに昼間から酒を飲むなりのんびりと過ごそう、と話していたのだが。
嵐が来たのだ。それは二人が最初の缶ビールをを開けて、半ばまで飲み干したくらいの頃。来訪者の予定はおろか、荷物が届く予定もなかったはずだというのに、インターホンが高らかに誰かの訪れを告げた。
「……何故ここにいるんだ」
俺が出る、とぱたぱた玄関に出て行ったサンダルフォンの戻りがあまりにも遅かったので、何かあったのだろうか、と後を追い、出てみれば丁度彼が唸るようにそう言った瞬間であった。声に釣られて視線を上げてみれば、外へと視線を向けているサンダルフォンの後頭部から、頭ひとつ分突き出たところで、彼によく似た赤い瞳を携えた顔がいやらしくニヤニヤと笑っている。視線が合った瞬間に、まさか、とルシオの胸に嫌な予感が過った。
「何故、なんてゴアイサツだなぁ、サンディ。二人きりの年越しが寂しいだろうって、こうしてお兄ちゃん達、駆け付けてきたんだぜ?」
「……早く中に入れろ。寒くてかなわん。お前たちのウサギ小屋のような部屋でも、外よりはマシだろう」
「兄よ。ウサギ小屋はあまりにも失礼だ。ルシオも考えがあってのことだろう。サンダルフォン、手土産に牛肉を五キロ程持参した。よければ共に新たな年を迎えよう」
ああ、胸を騒がせた嫌な予感は気のせいでも何でもなかったらしい。サンダルフォンの肩に手をかけて、そっと外を覗けば、ベリアルの背後からこちらを覗き込むようにしてルシオの下二人の兄弟が立っている。次男のルシファーは片腕にビールの箱をひとつ抱えているし、末っ子のルシフェルは大きなクーラーボックスを提げていた。ルシフェルは完全に善意なのだろうが、ルシオのすぐ下の弟とサンダルフォンの兄は十中八九、今年は二人共実家には帰らないことを知り、邪魔をしに来たのだろう。本題をルシフェルに切り出させるところがまた質が悪い。そんなことをされたら、サンダルフォンが断れないことをよくわかっているだろうに。
案の定、自分の兄の後ろからこちらを見ているルシフェルを食い入るように見つめて、サンダルフォンが言葉に詰まっている。やはり自分という恋人がいたとしても憧れの人は憧れの人なのだろうか。大きなため息ひとつ飲み込んで、ルシオはそっとサンダルフォンを庇うようにしてベリアルの前に出ると、小さな苦笑を浮かべて目の前に並ぶ邪魔者達を順繰りに見回した。
「何故、だなんて野暮なことを聞く気はありません」
「おや、義兄サマは随分聞き分けがよくていらっしゃる」
「まだ貴方の義兄にはなった覚えはありません。いずれはそうなりますが。ルシフェルさん、ルシファーも……風邪を引く前に入ってください」
飲み込めたとばかり思っていたため息が再び口を突いて、とうとう堪えきれなくなった小さなひとつが口の端からそっと漏れる。サンダルフォンを部屋へと押しやりながら、道を開ける様に彼らを招き入れれば、ものすごく嫌そうな顔をしたベリアルが最初に家の床板を踏んだ。
そういうわけで当初二人で計画していた年越しは見事に頓挫したわけである。片方に悪意があるとは言え、ルシフェルもルシファーも可愛い弟で、ベリアルだってサンダルフォンの大切な身内である。訪ねてきた端からはいさようなら、と追い払えるほど、ルシオは冷酷にはなれなかった。食事や酒盛りの最中には、ひたすら邪魔をするなと願ってはいたが。
夜も更けて、腹も満たされて、三人が持参してきた酒も元々買い込んでいた酒も底が見え始めて。常は二人だけしかいない部屋がいつにない騒がしさに包まれたまま新しい年を迎えた。その頃になると早々に酔っぱらって床で寝始めたサンダルフォンの後を追って、ルシファー、ルシフェルと続々睡魔に負け、ホットカーペットに転がっていく。ルシフェルに勝ってやった、と真っ赤な顔でガッツポーズをしたベリアルが最後に撃沈したところで、ルシオは三人分の寝息が響くワンルームを見回し、そっとため息をついた。自分が過ごしてきた中でも群を抜いて騒がしい年越しだった。
部屋の明かりを消して、ベッドの下から毛布を数枚取り出して、既に夢の中へ落ちてしまっている面々にかけてやる。一仕事終えて、苦笑を浮かべながら自らも毛布の中へと潜り込んでいると、不意に少し離れたところで、誰かが起きだす気配がした。トイレだろうか、と背側に意識を集中させていると、どうやら違うようで、床に転がる酔っ払い達を掻い潜ってやけに軽やかな足取りでルシオの方に近づいてくる。
「ルシオ、起きているんだろう」
すぐ傍でその誰かがしゃがんだ気配がして、次いで肩を突かれながら、声をかけられた。ああ、そうか。彼は早々に寝入ってしまっていたから、もうそろそろ酔いと眠気が覚めてしまってもおかしくはない。時計をちらと確認すると、午前三時を少し過ぎたところだった。
「サンちゃん、どうかしましたか。まだ起きる時間ではないですよ」
「ちが……そうではない……」
床に転がったまま彼を見上げれば、どこかバツが悪そうな顔をしている。薄暗い闇の中でも、その頬がほんのりと朱に染まっているのが見て取れた。早々に酔っぱらってしまったことならば、気にしなくてもいいのに。内心でそう思いながら彼の言葉を待っていると、不意にその上体がふっとルシオの顔に覆いかぶさる。次いで唇に柔い感触がしたかと思えば、小さなリップ音と共に彼の顔が離れていった。
「その……挨拶をまだしてなかったと思ってな。明けましておめでとう。今年もよろしく頼む」
「ああ、そういえば。皆さん酔ってましたから、挨拶をするのはサンちゃんが初めてですね。明けましておめでとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」
伸びあがって、顎下にキスをすれば、彼の体温が常より高かった。照れるくらいなら、キスをしなければ。禁じ得なかった笑いをかみ殺しながら、ルシオはそっと自らがかけている毛布を開け広げて、目線だけで入るように促す。
「もうひと眠りしましょうか」
「そうだな。まだ起きるには早い」
やけに素直に頷いたサンダルフォンが、毛布へもぐりこんできた瞬間に、ぎゅうと抱き込めば、調子に乗るな、消え入りそうな声で唸った彼が拳を肩口に押しつけてきた。まぁまぁ、と自分でも自覚できるほどに上機嫌な声で宥めて、腕の力を強くすると、彼自身もまだ眠気の方が勝っているらしく、すぐに大人しくなる。
思っていた年の瀬とは全く違っていたが、これはこれで。ルシオはそっと内心で苦笑しながら、酒でほんの少しふわふわとした思考を眠りの方へと押しやる。腕の中に彼がいる状態で最初の朝を迎えられるのならば、予想外の騒がしさもなんてことはない。
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