香春 蘇葉
2020-12-26 23:27:09
2584文字
Public
 

【ルシフェル様、本気を出す。】

ルシサンワンライ:クリスマス/メイドカフェ/猫カフェ

「もう一回言ってくれるか」
 グランサイファーにいくつか設けられた会議室の中のひとつ。そこに呼び出されたサンダルフォンは、開口一番グランから告げられた言葉に、顔を顰めて一言そう言った。
「だから、元王宮付メイドさんたちがやってる猫カフェから依頼が来てるから、サンダルフォン行って」
……何故俺なんだ」
 まずは依頼先の詳しい話を聞きたいところだが、そこに言及してしまうと更に話が膨らんでしまう。この騎空団にいるのならば、時には団長たるグランから個人的に依頼を回わされる時もある。彼の方針から受けるも受けないも本人次第ではあるが、普段世話になっている手前、断るにしても詳しい話を聞いてからでなくては些か良心が痛む。もしかしたら、話の割にはきちんとした依頼内容であるかもしれないのだ。それに、将来喫茶店を開くための、その糧になるかもしれない。
「えっと……これだけ聞くと誤解しちゃうかもしれないけど、依頼内容にまずきちんと珈琲を淹れることができる人っていう条件があって」
 従業員の条件が条件なので、クリスマス時期に差し掛かるとどうしても人手不足になってしまう。そうなると店にいる猫たちの世話がおろそかになってしまう可能性があるのだという。それだけは避けたい、と短期の手伝いとして即戦力を欲した結果、シェロカルテを経由してグラン達騎空団へと依頼が回ってきた。
 グランから詳しく聞いた依頼先の喫茶店が欲している人材の条件はこうである。まずは珈琲をきちんと淹れることができる人。これはこの喫茶店が本格派の珈琲と紅茶を売りにしているからである。接客のみに専念するには、クリスマスの繁忙期には明らかに人が足りず、必然的に店員全員が珈琲や紅茶などの飲み物を用意できなくてはならない。次に簡単な調理ができること。これもひとつめの条件と理由は同じである。そうして最後、これが一番大切なことだ、とグランがやけに真剣な顔で言った。
……動物に好かれること?」
「うん……サンダルフォンよく小鳥とか猫とかにじゃれつかれてるし、動物たちとも相性いいかなって」
 この騎空団もクリスマスから年末に向けての繁忙期で新たな依頼に出せる人数は限られている。その中で条件に合うものは、と探したところで、合致する相手がサンダルフォンしかいなかったのだ、とグランは申し訳なさそうに締めくくった。
「ちなみにメイド服じゃなくて、別に制服用意してくれるらしいから、安心していいよ」
「そういう話をしているわけではないのだが……まぁ、いい」
 いうなればまだ自分の店を正式に持っていないサンダルフォンにとって、すでに開業し、繁忙期に人手が足りなくなってしまう程軌道にのっている元王宮付メイドの彼女達は大先輩にあたる。それに、王宮付メイドといえば奉仕に関しては玄人である。短期間と言えど、働いていく中で何かしら得るものがあるのかもしれない。
「グラン、今回だけだからな」
「え!?受けてくれるの!?てっきり断られると思ってたから、嬉しいよ。ええっと……じゃあ、これ依頼書と店の地図。今停泊してる島の中心街にあるらしいから、明日から一週間よろしくね」
 差し出された数枚の紙を受け取りながら、サンダルフォンは束の間、その表情を険しくする。困っているグランがあまりにも可哀そうだったので、ついつい受けてしまったが、今依頼に行っているルシフェルには絶対に知られないようにしなくては。そうでなくては、絶対にサンダルフォンの様子を見に、店まで来てしまう。それだけは絶対に避けたかった。



 夏のアウギュステで露店を出した話を聞いてから、一度でいい、彼の働いている姿を見てみたかった。先日から停泊した島の中心街の喫茶店に、働きに出ていると聞いて、いつ彼に場所を訊ねようか、自分が訪れてもいいのか、話をするタイミングを見計らっていたのだが。意図的に避けられていたのか、はたまた偶然か、いつも早くに部屋を出て、遅くに艇へ帰ってくる彼に話を切り出すことができなかった。
そんなルシフェルの姿を見かねたのか、彼が依頼で働きに出る最終日、その前日の夜に、サンダルフォンには内緒だと、こっそりグランが教えてくれた。
 そうして翌日、ルシフェルは元王宮付メイド達が営む喫茶店の前に立っていた。店のたたずまいは気品と重厚感に包まれていて、軒先にぶら下がった猫の形の黒い鉄製看板が、立ち入り辛さを緩和させている。ルシフェルはメモと店の名前とを見比べてひとつ頷くと、ガラス張りのドアをそっと押して、ベルの音を響かせながら店内へと踏み入った。
 いらっしゃいませ、と店内の方々から涼やかで凛とした女性の声が響き渡る。ぐるりと店内を見回してみれば、黒を基調としたエプロンドレスを身に着けた女性たちが、こちらへ美しい一礼を向けていた。その中に一人だけ、執事服を身に着けた彼女達よりも長身の人影がひとつ紛れていた。一度素通りしかけて、すぐにまた視線を戻せばどうやら店中の猫たちに群がられているようで。困ったように笑いながらひと際大きな猫を抱きかかえようとしている。
「お客様、当店は一時間定額、ワンドリンク制となっております」
「いや……私は、」
 知人がここで働いていると聞いて様子を見にきたのだが。続けてそう言うと、目の前の女性が束の間目を見開いて、次いで物凄い勢いでルシフェルの視線を辿り、猫を抱きかかえようとしている〝彼〟を振り返った。
「ああ!お客様がサンくんの彼氏様ですね!」
……彼氏……?」
「サンくん!彼氏さんがきたよ~!サンくんが言ってた通りすごくイケメンさんだね!」
「イケメンさん……?」
……?あ!?ルシフェル様!?」
 体中に猫をぶら下げながら、この店の中で唯一男性ものの制服を身に着けた彼がふれあいブースから駆けだしてくる。息を切らしてルシフェルの前まで寄ってきた彼は、頬を紅潮させながらこちらを見上げると、その眦を釣り上げた。
「誰から聞いたんですか!?」
 慌てふためくサンダルフォンは猫にしがみつかれて何とも愛らしい。ルシフェルは食い入るように彼の姿をみつめると、不意に表情を緩めて、背後で控えているメイド服の女性店員を振り返った。
「彼を一時間独占するには、いくら程払えばいいのだろうか」