香春 蘇葉
2020-12-24 18:28:41
2352文字
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【甘えたがり】

ルシサン。ル様に素直に甘えられないフォンと甘えてほしいル様。

甘えることが下手になった自覚がある。
研究所の中庭にいた頃、まだ二人に何の蟠りもなかった頃。ルシフェルが帰還すると分かると数日前から出迎える準備をして、いざ降り立ったとなると駆け出して飛びつくくらいだった。あの頃はルシフェルに与えられる全てを素直に受け止めて、彼に甘えることに何の躊躇いもなかった。創られてから、年月がふるごとに色んなことを知り、沢山のことを考える様になり、徐々に甘えることをしなくなっていたが、今となってみればあの頃てらいもなく彼の掌を受け入れていた自分が羨ましいと感じる。と、感じるのも、再顕現を果たして早数ヶ月、積み重ねてきた想いを通わせ最近ようやく恋仲となったルシフェルが、よくとるようになった行動が原因なのだが。

「サンダルフォン」

名前を呼ばれた瞬間、サンダルフォンはきた、と体を固くした。既に今日の依頼も終えて、眠る支度まで済ませた深夜の私室。二人に与えられた部屋で、ベッドに入るまで各々の時間を過ごしていたそのさなかであった。
それまでは錬金術の開祖たる少女から借り受けた分厚い書物に目を落としていたルシフェルが、不意にそれを閉じ、こちらに両手を開け広げて。名前を呼ぶその声に、多分に含まれた期待をサンダルフォンはよく知っている。何せ研究所にいた頃にも、何度か同じことをされたのだ。

「ルシフェル様、俺はもう、そうして頂くような立場では……

「恋人として、今日一日頑張っていた君を労おうと思ったのだが、駄目だろうか」

ぐっと息を詰める。本音を言ってしまえば開け広げられた彼の腕に飛び込んでしまいたい。しかし素直にそれをするには、サンダルフォンの情緒は成熟していたし、はたまた恋人として、と彼の言葉に甘えるには、二人の関係はまだ青い。
束の間の熟考の末、ゆっくりと首を横に振れば、どこかしゅんとした顔をしてルシフェルが小さく笑って、椅子から腰を上げた。その表情に胸の奥がつきりと痛む。

「あの、ルシフェル様」

「君が気にやむことではないよ。明日も朝が早い……今日はもう眠ってしまおう」

すれ違い側に指先を取られて、ベッドへと手を引かれる。甘えられないくせに、一緒のベッドでは寝るの?といつだったか揶揄するようにグランに言われた言葉を思い出して、苦笑しながらルシフェルに続いてベッドに入ると、こちらを気遣うように広い背中を向けられた。ほんの少しの寂さが胸をよぎったが、これも始めの頃自分を抱き込んで眠ろうとしたルシフェルを羞恥から押し返したが故であるので、自業自得だ、と胸の内でため息をついて、自らも彼から背中を向けつつ、サンダルフォンは眠りに入ろうと目を閉じた。
寝付けぬまま時計の針が動く音だけを数えていると、しばらくして向けられた背の方から規則正しい寝息が聞こえて来る。瞼を押し開いて肩越しに視線を向けると、呼吸音に合わせて体が緩やかに上下していた。
相変わらず寝つきが早いルシフェルに、小さく苦笑を浮かべながら、彼を起こさないようにもそもそ布団の中で体の向きを変えて、そっと彼の背中に額をつける。合わせて両手を這わせると、薄手の装束越しに自分よりも余程高い体温が伝わってきて、サンダルフォンは我知らずほっと微笑んだ。起きている時にこれができていたのなら、どんなによかっただろうか。きっとルシフェルがあの温かで逞しい腕に抱きこんでくれて、今よりももっと、彼の存在で身も心も優しく浸されたことだろう。
しかし一度彼と決別し、長年の憎悪に焼かれた性根と、今まで独りでいた矜恃がなかなか素直になることを良ししてくれない。仕方がないので、こうして彼が寝入った後に甘えたいというその欲求を晴らすため、申し訳程度に触れているわけだが。
すり、と額を彼の広い背中に擦り寄せて、赤い瞳を眇める。深々と後悔のため息をついたサンダルフォンは、そのまま額と掌越しに伝わってくるコアの脈動にそっと意識を伸ばした。

……?ルシフェル様、起きてますか?」

伸ばして、コアが出す脈動がいつもと違うことに気がついたサンダルフォンは、一気に目を見開いた。そろそろと視線を上げて、訝しげに訊ねれば、目の前の体が微かに揺らぐ。

「ルシフェル様?」

もう一度、確かめるように名前を呼べば、返事の代わりに、くす、と喉を鳴らす音が響いた。ついでくつくつと鳴る笑声に、意味が取れず固まっていると、不意に薄暗い闇の中、肩越しに蒼い瞳がこちらを向いた。視線がかち合えば、弓形に目が眇められて、頬にかっと熱が集まる。

「っ、すまない。君があまりにもいじらしいことをするものだから」

反論もできずにぱくぱくとあぎとう。その様子にまたひとつ笑みを深くしたルシフェルは、のそりと体の向きを変えてこちらを向くと徐に両手を開け広げた。隠すものがもうどこにもなくなってしまったので、悔しさを感じながら体当たりするように胸板に額をぶつければ、温かくて優しい腕にゆるりと抱き込まれる。

……寝たふりなんて、いつ覚えたんですか」

「ふふ、それは秘密にしておこう。君を騙すようなことをしてすまない。しかし、毎朝背中にエーテルの残滓があっては、無視するのも難しい」

言葉をと共にこめかみへ唇を押し付けられて、赤い顔が更に赤くなる。意趣返しのつもりで文句の代わりにありったけの力で目の前の体を抱きしめれば、くすぐったそうに彼が喉を揺らす。

「次からは甘えてくれるだろうか」

「もう寝たふりをしないと約束して下さるなら、考えます」

誓おう、とやけに真剣な声で返ってくる。それがやけにおかしくて、サンダルフォンは堪らず笑みで肩を揺らすと、深々と息を吸いながらルシフェルの顎の下に顔を埋めた。