香春 蘇葉
2020-12-15 07:35:19
2388文字
Public
 

【ナイト・シアター】

現パロシオサン

「いつも、思うんだが」

キッチンの方から大きめのサラダボウルとコーラが二リットル入ったペットボトル、それからグラスをふたつを抱えて、全身にバターの濃い匂いをまとって入ってきた彼に、サンダルフォンはごろり、とうつ伏せていた体を仰向けにしつつ声をかけた。頭を仰け反らせて逆さに彼の方を見やれば、言葉の先を待っているのか、はたまた腰を下ろす先を探しているのか、テレビの灯りのみの薄い暗闇の中で、逆さの蒼い瞳が困ったように瞬く。どちらだろう、と束の間考えたサンダルフォンは、ややあって片の可能性を選び取ると、唇をむい、と尖らせながら低い声音で続けた。

……やはり俺ばかりが毎回こんな風に動けなくなるのは、不公平だと思うんだが」

……〝手加減できなくて、すみません〟?」

「いや、謝って欲しいわけではない。それより、何を借りてきたんだ?」

あっていたか、と内心ほっとしながら体を元のようにうつ伏せに戻しながら訊ねると、彼がいそいそと寄ってきてベッドのふちを背もたれにラグへ直に腰を下ろした。のそり、と体を動かして後ろから彼の肩に顎を乗せると、すぐそこの小さなテーブルの上へ手を伸ばした彼が、何物かを指先で掴んで、こちらに見えるようにひらひらとひらめかせた。透明なプラスチックケース。その中にテレビの明かりに透かされるようにして丸い物体が収められている。紛うことなきレンタルDVDだったが、いかんせん逆光によって表書かれたタイトルが目を凝らしてもギリギリ見えない。薄目を開けたサンダルフォンの様子を視線だけで捉えた彼が、見かねてしまったのかゆっくりと肩を竦めながら、ホラー映画ですよ、と応える。

「キミ、昔から苦手だったじゃないか」

「そうですね、今でも多少苦手です。それを和らげるための、サンちゃんとポップコーンですから」

「俺はその破壊的なカロリーのポップコーンと同列なのか……?」

「そんな、まさか。サンちゃんの方が素敵ですよ……ふふ、激しい運動をしたら、どうしてもお腹が空いてしまって」

さっきまでその激しい運動の相手をしていて、満身創痍なのはこちらなのだが。彼が持ってきた大きめのサラダボウルの中身は溶かしバターをたっぷりとかけたポップコーンが山ほど入っていて、ほの白い光に照らされた表面が光っている。くう、とお腹が鳴った。彼の言う通り、激しい運動の後は空腹が襲ってくる。
腹の虫を聞きつけた彼が、指先でポップコーンをつまんで差し出してきたので、遠慮なく第一関節まで口に含んで、多少行儀悪くも指についたバターを舐め取ってから解放してやると、妙な咳払いが響いた。してやったり、と後ろから彼の肩を抱くように指を這わせて、頬を撫ぜれば、DVD再生しますよ、と苦し紛れに彼が言う。

「ルシオ」

「今更怖いって言っても別のものにしませんからね」

「違う。案外可愛い反応をするじゃないか、キミ」

束の間、物言いたげな視線がこちらを向いて、次いで深々とため息が。諦めたようにベッド際にもどってきたルシオの背中に、くすくすと笑いながら額を押し当てると、意地悪ですね、と恨みがましい声が響いた。
ルシオがしてやられた鬱憤のようにポップコーンの攻略にかかろうとしたので、最後に一息ついた後に笑いを収めたサンダルフォンは、ああほら、と寝転んだまま呆れたように言うと、ルシオの長い髪をそっと持ち上げる。

「前も髪ごと食べていたくせに、そのまま食べようとするな。結ってやるから、そのままテレビを見ていろ」

なんだってこんな自分より余程年嵩で大きい男の世話を焼いてやらねばならないのだ。映画の始まった画面に時折目を向けながら、慣れたように長い長い髪を結っていけば、途中で何度もポップコーンが眼前に突き出される。その度に、最初と同じように無意識下で指ごと食み、舌先で指先のバターを舐めとる。まるで餌付けされているみたいだ。
物語の序盤から中盤に差し掛かり、カップルが廃墟で情事を始める。そのシーンをぼんやりと眺めながら、何度目とも知れぬルシオの指先を口に含めば、不意に彼の指先が顎下をそっとつかんで、ついで深々と唇を重ねられた。
それを皮切りにホラー映画の中の女の嬌声をBGMに、ゆっくりとベッドに乗り上げてきたルシオにそっと組み敷かれ、息を吐く暇もないキスを繰り返しされる。はふはふと息を吐きながら、まだ気だるさが残る上体をもたげて上目に彼を見やれば、どこでスイッチが入ったかわからないが情欲の色が濃い蒼がうっそりと笑みの形となってこちらを見下ろしていた。つい今し方サンダルフォンが結った髪が、目の前で解かれる。緩やかに螺旋を描きながら視界に落ちてくる毛束を無意識に掴んで、ぐっと引けば、構えていなかった彼の上体は容易に落ちてきた。すかさずサンダルフォンの方からしとりと唇を食んで、すぐに離したその後でにんまりと笑めば、困ったよう微笑みが柔らかな雨のように降ってきた。

「珍しく、今日は可愛げがあるな」

「サンちゃんが何度も、挑発するからですよ」

ベッドから一度も出ないままに、ルシオの体がもう一度被さってくる。その背に手を回して、与えられる刺激に瞳を揺らしながら、サンダルフォンは、テレビ画面に視線をやると、丁度流れてきたシーンに小さく苦笑する。
もしこれを感知していたのならば、随分と勘のいいものである。ホラー映画のカップルはほの白く暗闇に浮かぶ画面の中で、仲良く命の終わりを迎えていた。ここからがいいところで、怖いところ。耐えきれなくなったルシオがバターたっぷりのポップコーンを口にし続けるよりは、サンダルフォンの戯れ半分の煽りに乗ることを選んだということは、彼の言うとおり、真実、ポップコーンの存在よりはサンダルフォンの方が勝っていたようだ。