香春 蘇葉
2020-12-05 23:34:52
2297文字
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【好奇心と許容量】

ルシサンワンライ:ハレマエ/禁止

一騎空団を率いる団長と言えど、やはり十五歳の少年。大人びたところはそこそこあっても、年相応の心が姿を見せることもしばしば。体を思い切り動かしている時は全く思わないが、こうして団長にしかできない書類を一人黙々と処理している時は特に思う。こんなこと今すぐサボってしまって、外に遊びに出てしまいたい、と。
書類に走らせる羽根ペンを置いて、机に頬杖をつき、丸窓から見えるよく晴れた空へと目を向ける。少しならば、少しならばここを抜け出して軽く鍛錬をしてもいいだろうか。この部屋に篭る少し前、すれ違ったジークフリートは、もう少しすれば甲板で鍛錬を始める、と言っていた。今出ていけば、丁度その最中だろう。今日はお小言を言うパーシヴァルも、サンダルフォンも姿を見ていない。きっと、今ならば。
グランは思い立ったと同時に書きかけの書類とペンを残して机を背に扉まで小走りに駆け寄った。廊下で誰とも会わないことが大切だ。誰にもみられなければ、自分がこの部屋にいないことを気付く者がいたとしても、見つかるまでいくばくかの猶予が生まれる。まずは、扉を薄く開いて廊下の様子を。
年相応の悪戯心を芽生えさせたグランが、脱走を試みてそろりとドアノブに手をかけた瞬間だった。

「すまない!!匿ってくれ」

急にドアが開いて、外から誰かが駆け込んできた。持ち前の反射で咄嗟に身を引き、なんとか顔面とドアとがぶつかることを回避したグランの目の前で、その誰かは慌てたように今し方入ってきたドアを閉めて、それを背にずるずると座り込む。突然のことに驚いたせいで、なかなか合わなかった焦点が、しばらく経ってようやく落ち着きを取り戻した時、改めてその〝誰か〟を見下ろしたグランは不可解そうに眉根を寄せた。

「サンダルフォン?」

……ッ、助かった……すまないが、しばらくこの部屋に身を隠させてくれ」

「いいけど……何かあったの?なんかすごい真っ赤だけど」

「女ばかりしかいない村の出身の姉妹がいただろう」

「ああ、ネモ姉とメルゥ?」

頭の中に姉妹の姿を思い浮かべながら首を傾げれば、サンダルフォンはひとつ頷いて話を始めた。
甲板でルシフェルと談笑している時だった。自らのクフア・タイカと昼寝をしているメルゥの元に艇内から出てきたネモネが駆け寄って行ったらしい。何か二人で出かける用事があったようで、メルゥを起こしたネモネはお目覚めに、と彼女達の故郷の挨拶を交わしたのだ。

……あれは?」

「ハレマエ、と言って彼女達の故郷、クフアでの挨拶だそうですよ。鼻先と鼻先をくっつけて、ッ」

その時、咄嗟に取った行動は、我ながらよくやったと褒めてやりたい、と話の中でサンダルフォンは言う。まだ説明も終わらぬ内に、近づいてきたルシフェルの整った顔と、自身の鼻先とを隔てるようにして反射的に両の掌で彼の動きを阻んだ。ひと呼吸ほどの間。次いで不思議そうに首を傾げたルシフェルに対して、サンダルフォンは毛を逆立てた猫のように飛び上がった。なおもぐいぐいと顔を近づけてくるルシフェルを押し返しながら、瞬間的に沸騰した顔を泣きそうに歪め、首をブンブンと横に振り、必死に拒否の意を示す。

「ルシフェル様何を……!!」

「君と、ハレマエを試みたのだが」

「いいです!!ハレマエしなくていいですから!!離れてください!」

「何故?ただの挨拶では?」

「それでもです!!ルシフェル様がお相手では、俺……俺、ッ失礼します!!」

許容量が限界を迎えた、とサンダルフォンは話を締めくくった。後ろからルシフェルが追いかけてくる気配を受けながら、混乱の中艇内を走り回り、たどり着いた先がここであった、と。
ドアの前からそっと離れて、窓際の椅子に腰をかけながらサンダルフォンはバツが悪そうに言った。

「ここ、鍵かからないけど大丈夫かな?」

「何、キミは今業務中だろう?であったらルシフェル様も」

「うん。普段ならば配慮しただろう」

ひ、とサンダルフォンの口から小さな悲鳴が漏れた。全く感知していなかったグランも同じタイミングで瞠目して、声がした方に視線を向ける。
そこには空気から溶け出るようにして露わになったルシフェルの姿があった。椅子の上で固まっているサンダルフォンへ哀しげな顔を向けている。

「サンダルフォン」

「や……顔近づけないでください!!」

「君にとって、それほどまでに私の顔はひどいものなのだろうか」

「そんなまさか!!むしろ逆です!好ましいから心の準備が……!ッ、禁止です!!いきなり顔近づけるのきん、ひゃっ!?」

ああ、と。部屋から抜け出すタイミングを失い、側から見ていたグランは咄嗟に視線を逸らした。いたいけな十五歳になんてものを見せるのだろう。
グランが視線を逸らした後も、それは続く。サンダルフォンが咄嗟に突き出した掌を掴んで、指先を口に含む。丁寧に舌を這わせて、舌先で指の又をくすぐりつつ、次の指へ。そうして全ての指を丁寧に舐めくすぐったルシフェルは蒼い瞳を満足げに眇めて、真っ赤な顔で硬直したサンダルフォンの鼻と自分のそれとをすり合わせると、薄く開いた唇にキスを落とした。額同士を甘えたように合わせて、上目にサンダルフォンを見やったルシフェルは眉尻を下げつつなにかをねだるような甘い声音で言う。

「禁止などと、寂しいことは言わないでほしい」

ルシフェルの声と、サンダルフォンが椅子から盛大に転がり落ちる音を聞きながらグランはそっと思う。書類仕事をサボろうとしたバツが当たったのだな、と。