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香春 蘇葉
2020-12-05 17:03:21
1863文字
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【目よりも、その仕草よりも。】
ルシサン。【目は口ほどに。】のル様視点。
彼は、彼が思っているよりも気持ちが表に出やすい。
依頼もなく、さしたる予定もないゆったりとした昼下がり。朝一に干した洗濯物が乾くまでは今しばらく時間がかかるだろう、と彼と自分、二人に与えられた部屋で各々好きなことをしていた。
と言ってもできることなど限られてる。同じ部屋にいて、同じことをしているのに、適度に距離を保ち、別々に楽しんでいる、なんてことはしばしばで。今日だって二人とも艇の使っていない部屋に作られた、小さな図書室から借りてきた本を、黙々と読み耽っていた。紙を捲る音と、彼の身じろぎ、それから呼吸の音。窓からゆるやかに差し込む陽光が心地よくて、ページを捲る手がよく進む。
そんな中、ルシフェルはふと空気の匂いにどこか甘い物を感じて、はたと瞬きをした。空気に独特な匂いがあるように、エーテルの動きにも人の感知しえない匂いのようなものが伴う時もある。ルシフェルはかつての役割上、そういったものには敏感であったし、他の星晶獣が素通りするほど微弱なものも感知することができる。
間違いなく、空気に紛れるエーテルに甘さを感じたルシフェルは、その流れを辿るように本から視線を滑らせて、窓際の小さな椅子に腰をかけて静かに本を読んでいる彼へと据えた。
ああ、そういう気分なのか。こちらから見える彼の横顔を見つめて、ルシフェルは心の内で納得した。視線そのものは手にした本へ注がれてはいるものの、きっと意識はほとんど内容には向いていないのだろう。その証拠に、先程から本に目を落としては、またすぐにこちらを窺うような上目でちらと視線を寄越している。
言葉の上でなかなか素直になれない彼が、構ってほしい、と思った時に、空気に混ざる匂いが変わると気がついたのは、ひょんなことからだった。始めはどこからきているのだろうと、視線でたどり、その先に彼の姿がいつもあったので、匂いの変わるその原因を探してよくよくその姿を観察していただけだった。しかしいつからか、ルシフェルの視線を受けた彼が、恥ずかしそうに寄ってくるようになって、更には控えめに身を寄せてくるようになって。
鈍いルシフェルでも理解することができた。彼がそう言う気分になった時に、空気に混ざる匂いが甘くなるのだ。それと分かると、変化が起こる度ルシフェルの胸は期待に踊るようになった。普段こちらから触れてようやく応えてくれる彼が、自分から寄ってきて、求めてくれる。それがどれだけ嬉しくて、愛おしいか。視線をやれば来てくれないだろうか、素直に求めてはくれないだろうか。そう思うと空気に甘さが香った瞬間、彼から視線が逸らせなくなる。
「
……
合ってましたか?」
自らの腕にそっと抱きついて、身を寄せてくる彼の言葉に、ルシフェルは困ったように苦笑した。きっかけは間違いなく、彼の気分の変化だったのだろうが、このところ、どちらが先にそう言う気分になったのか、わかったものではないほどに、ルシフェルは空気の変化を待ち侘びている。
とは言え、自らから欲が漏れていることにひとつも気がついていないだろう彼に、そのことを告げるのはあまりにも無粋で。結局ルシフェルは彼が勘違いするそのままの自分を少しだけ取り繕う。
「バレバレですよ。全く
……
毎回自分から寄って行く俺の身にもなってください
……
その、ルシフェル様が呼んで下されば、行きますから
……
」
「ふふ、君があまりにも、私のことを見てくれているから、つい甘えてしまった」
すまない、と期待に胸を高鳴らせて細い肩を抱き寄せれば、掌に触れた装束越しの体がじんわりと熱を上げる。わずかに濡れた赤い瞳に、応えるようにして、しとりと深く唇をはめば、おずおずと彼の細く綺麗な指先が背中を辿って、安堵したかのように柘榴の輝きが烟るまつ毛の下に収まった。
自分が甘えることに理由がほしい。彼がそう思うのならば、彼の理由になりたい、と思った。ベッドにそっと組み敷いた体がしなやかに揺れて、伸ばされた指の先が甘えるように首筋を辿る度に、甘く掠れた声が自分の名前を呼ぶ度に、ルシフェルは求められる悦びに深く深く身を沈める。
浅ましいな、とは自分でも思う。自分の願いに彼自身ですら気がついていない変化を利用するなどと。それでも恥ずかしいがりながら彼が寄ってきてくれる、次の瞬間求めて、ルシフェルは彼の変化を探し、ついつい視線をやってしまうのだ。
彼は、彼が思っているよりも気持ちが表に出やすい。彼本人にさえ明かすことのない、ルシフェルだけの、秘密である。
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