香春 蘇葉
2020-12-04 18:42:35
1989文字
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【目は口ほどに。】

復活時空ルシサン。
サンダルフォンをふとした時にじっと見つめる癖があるル様の話。

目は口ほどに、とはよく言ったものである。
視線を感じた。サンダルフォンは読んでいた本から顔を上げると、自らに突き刺さるそれを辿って目を遣る。案の定、春のよく晴れた空のような蒼がそれはそれは真剣にこちらを見ていたので、内心そっと苦笑しながら、彼に視線のわけを問うように小首を傾げて見せた。
目は口ほどに物を言う。自らの思うところ、言わんとするところを迷わず口にすることができる質であったのなら、その言葉が似合うことはきっとほとんどない。むしろ、サンダルフォンの記憶の中の彼は、どちらかと言えばそちらの方の質であった。迷わず、淀みなく、己の思ったことを口にし、言わんとすることを大概の者には正確に伝えて。彼とはそういう獣だった。そうでなければならない獣であった。特定の相手には何故か言葉足らずであったが、それでも今のように言葉を告げず、口より余程雄弁な瞳でじっとこちらをみつめるようなことはなかった。
変わったのは、彼が一度失われ、再顕現を果たした後にサンダルフォンの乗るこの艇で共に旅を始めてからである。感情が増えた、情緒が育った、他人の機微に敏感になった。それ故だろうか、以前より言葉を口にする前に考えこむような様子を見るようになった。それはきっと、他と共存する、自我ある生き物たる証なのだろう。一度失われてしまう前までの彼は、唯一の存在だった。それ故に孤独だった。他と共存する必要はなく、独立した状態で存在し続ければいい。そんな彼が、徐々に変化を経る。たった一点を除けば、喜ばしいことこの上ないし、サンダルフォンとしても人の社会に溶け込む、その先立として見守ってやりたい。しかし、たった一点の問題があまりにもサンダルフォンにとって厄介で、そうも言っていられない。
サンダルフォンは黙って読んでいた本を閉じると、ベッドの縁に腰をかけ、視線を一度もそらさずにこちらを見ている彼のそばまで寄っていった。そうして一呼吸の覚悟の後、意を決して彼の隣に腰を下ろすと、膝と膝とが触れ合わんほどに距離を詰めて、彼の腕に抱きつき、寄りかかるように身を寄せ合た。ふわり、と陽の光で温まった彼の香りが鼻腔をくすぐり、サンダルフォンは束の間表情を緩ませる。しかしすぐに頭を軽く振って柔らかく蕩けてしまいそうになる心を叩き直すと、上目でおずおずと彼の顔を見上げた。

……合ってましたか?」

いつもより小さな声で訊ねれば、蒼い瞳がぱちりと瞬いて、それからやおらその整ったかんばせが困ったように微笑んだ。

「やはり、バレてしまったか」

ほんの少し恥いったような、照れたような声で返されて、サンダルフォンは束の間惚ける。
これだ。これがたったひとつの厄介な一点なのだ。彼はどれだけ考えこもうと、最終的には自分の中で最良の言葉を見つけだして、相手にしっかりと告げる。だと言うのにとりわけサンダルフォンに対する恋人同士の触れ合いに関しては、まるで察してほしいとばかりに言葉をしまい込んで、黙って饒舌な視線を向けてくるばかりなのだ。それが甘えだと思えば悪い気はしないが、なまじ彼にその自覚がない分、毎回サンダルフォンが自分から寄っていっているような状態になってしまっている。それは少し、否、かなり恥ずかしくはないだろうか。いつかどこかで同じようなやり取りをしたことを思い出しながら、サンダルフォンは大きく咳ばらいをすると、ほんのりと染まった頬を悪戯っぽい笑みで緩ませて、見下ろす蒼い瞳に視線を据えた。

「バレバレですよ。全く……毎回自分から寄って行く俺の身にもなってください……その、ルシフェル様が呼んで下されば、行きますから……

もし、視線の意味を取り違えていたら、と思った時もあったが、何度も繰り返していく内にあの饒舌な視線は触れたい、と彼の欲求あふれだしたその時にだけ向けられているものだと気が付いた。だからこそ、自ら寄っていくことに恥じらいがにじむ。これでは大口を開けたワニの歯に自ら入っていく小鳥のようではないか。

「君があまりにも、私のことを見てくれているから、つい甘えてしまった」

すまない、と抱き寄せられて、コアの脈動がひと際大きく騒ぎ出す。ルシフェルが纏う空気がにわかに甘やかな湿気を孕んで、ああ、と己の浅ましさにそっと瞑目した。わかっているのだ。瞳に滲む触れたいというその欲が、子供のような拙い触れあいで満たされるようなものではないということを。それでも彼の体温を、低く甘く響く声を思い出すと抗えなくて。結局言葉より雄弁なルシフェルの瞳に負けて自分から彼の腕に収まりに行ってしまう。熱い唇を深々と受け入れながら、サンダルフォンは己の単純さにそっとため息をつく。

サンダルフォンを求める時のルシフェルの目は、口ほどに物を言う。
とてもとても厄介な、彼の癖である。