香春 蘇葉
2020-12-03 01:58:54
2028文字
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【距離感と手と。】

シオサン。距離感と利き手の話。

「最初と比べると随分と仲良くなったよね」

それは依頼に出た街で昼時に入った店でのことだった。鉄板の上のミックスグリル、その内のチキンソテーをフォークで突きながら、そういえば、と言った体で切り出したグランの言葉に、サンダルフォンはひとつ瞬きをした。隣に座るルシオに窓側に集められた調味料のひとつをちらとも視線をやらずに渡すと、何がだ、と顔を微かに顰める。
ちなみに今回の依頼はあまり大人数を伴って行くと却って達成が難しくなるような類のものだったので、この場にいるのは本当にこの三人だけである。この窓際のボックス席に座った瞬間ではなく、常々思っていたことをここぞとばかりに言葉としてぶつけることができた爽快感も束の間、心底不思議そうなサンダルフォンの瞳に、切り分けたチキンソテーを口に入れようとしたグランの動きがぎしりと固まる。

「特にそう言われるとほどの姿を見せた覚えはないが……?」

「ええ?そうかなぁ……

呆れたように一言そう言うと、グランはひとまずフォークの先を空にして、しっかりと飲み下してから、自分の座るその反対側に並んでいる二人を睥睨した。

「最初の頃はこう言う席で隣同士に座ったらすぐに喧嘩してたのに、今はなんていうか、さっきみたいに物取ってあげたり、妙に息が合ってるって言うか……仲がいいように見えたからさ」

言葉の間を不自然に空けてしまったのは、適切な言葉を探しあぐねたからだ。単に仲がいい、と言うには言葉の表現が足りないように思えた。二人の間の空気感が古くからの親友のような、否、長く連れ添っためおとのようなそれに感じられたから。それがはっきりわかっていたのだが、生憎とグランには二人の絶妙な空気感を評する言葉の持ち合わせがなく、間に合わせのように仲がよい、とだけ口にしてしまった。
そんなグランの思いを知ってか知らずか。半熟卵で口元を軽く汚したルシオに、またもや視線のひとつもやらずに紙ナプキンを渡しつつ、サンダルフォンが小さく口元を緩める。

「まぁ、流石に互いの距離感くらいはわかるようになったが、言うほどか?」

「むぐ……距離感というよりは互いの利き手ですね。最近ではすっかり、サンちゃんのこちら側は私の定位置です」

ああそうか。誇らしげなルシオの言葉に、苦笑で返しながらグランはそっと心の内で納得する。距離感というよりは、最近の二人は互いで互いの弱点を補い合うような立ち位置を取っていることが多いのだ。例えば利き手があるとすれば、そうでない側の手を助けるような位置を取り、相手が動きに困る前に手を出して、はたまた戦闘時においては互いの死角を補い合うように動く。いつの間にか彼らが得ていた絶妙な距離感は、戦場における唯一無二の相棒であり、日常生活における親しい友人同士のようなそれとなっていた。
馬鹿なことを言うな。少し顔の血色を良くして、ルシオの額を手の甲でこつんと叩くサンダルフォンを見つめながら、グランはハンバーグを口に入れつつ笑みを浮かべた。

「二人が親友みたいになってくれて、嬉しいよ」

思ったままを口にすれば、妙な沈黙を経た後に、サンダルフォンがどこか固い声でそうか、とだけ答える。また何かおかしなことを言ってしまっただろうか。彼の反応に首を傾げながら、運ばれてきた食事を三人で平らげた。
その瞬間の妙な沈黙の正体を、グランが知ったのはそれからすぐあとであった。先に出ていてと二人に伝えて、支払いをしていたグランであったが、サンダルフォンはすぐに出て行ったもののルシオがいつまでも自分の後ろにいることに気がつく。何か企んでいるのだろうか。不審に思いながらも支払いを終え、財布の口を引き絞りながら外に向かって歩いていると、不意にルシオがこちらの肩を叩く。何、と肩越しに振り仰げば、身を屈めて、その綺麗なかんばせを近づけてくるものだから、束の間身構えつつ彼の言葉を待った。

「おそらく、サンちゃんは伝えるな、と言うのでしょうが」

そう前置いてルシオがひとつめの告白を。彼とサンダルフォンは数ヶ月前から恋人として付き合っているのだ、と。妙な距離感への消化不良感が一気に払拭されて、グランは目を見開く。どちらかに何かあった時、団長であるグランくらいには知っていて欲しい、と先程の会話の中で思っていたらしい。

「それから、これはサンちゃんにも言ってないんですけど」

ああは言いましたが実は私、両利きなんです。

「それって、」

「ああ、サンちゃんには内緒ですよ」

ここぞと言う時までとっておきたいんです。にっこりと悪びれのない笑顔でそう言うや否や、ルシオの長身が隣をすり抜けて店の外に出て行く。その背中を、幽霊でも見たかのような顔で見送ると、グランはひとつ深々とため息をついて、サンダルフォンの苦労を思って小さく苦笑を浮かべた。全く、サンダルフォンは厄介な男の恋人になったものだ。