香春 蘇葉
2020-11-30 00:40:55
2323文字
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【ミート・ミート・ユー】

いい肉の日現パロルシサン。

「げ」

「オヤオヤ、サンディ。久しぶりに会ったっていうのに随分な反応じゃあないか。兄ちゃん、悲しくなっちまうな」

時刻は午後十七時。夕飯の買い物に来た者でごった返す夕方のスーパー、その精肉コーナーで奇しくも数ヶ月振りにその兄弟は再会を果たした。別段、互いに嫌いあっているわけではない。ただ兄は兄で愛しの救世主宅に通い詰め、最近ではほとんど住んでいるようなもので、弟は弟で数ヶ月前から恋人の家で同棲を始めた。有り体に言ってしまえば二人とも実家にはいないのだ。住む場所が違えば、元々性格も然程似てはいない二人である。意識して会おうとしなければ、年単位は平気で顔を合わせないだろう。だというのに、今日この時間に偶然鉢合わせた。
理由はおそらく同じようなものだろう。口元ににんまりと笑みを乗せたベリアルは、買い物カゴを揺らしながら弟との距離を詰めると、彼が手にしているカゴの中をひょいと覗き込んだ。

「牛挽肉、合い挽き肉、鶏胸肉、牛肩ブロックに豚バラブロック、それから……ブロックベーコンにウィンナー?」

「ハンバーグ、ロールキャベツ、唐揚げに、ローストビーフ、角煮丼とポトフだ。ルシフェルさんが今日出張から帰って来られるからな。俺の食欲も、戻るというものだ。貴様こそ、その野菜だらけのカゴは何だ?」

「あ〜……この間ファーさんが血液検査に引っかかってしまってね。まぁ、食生活の改善というやつさ」

しかし野菜嫌いのルシファーにどうやって食べさせればいいのか困っているという。同じく健啖家でありながら、弟のサンダルフォンは好き嫌いなく食べていたので、殊更わからないのだろう。
珍しく少し困ったように肩をすくめたベリアルを、目線だけで見上げたサンダルフォンは、少しだけ考えるそぶりを見せた後に、ポケットからスマートフォンを取り出して操作をし始める。
前世は忍者なのでは、と思うほどに機敏な動きで横をすり抜けていくご婦人達を尻目に黙ってサンダルフォンの様子を見ていると、しばらくして今度はベリアルのスマートフォンが小さく震える。何事かと画面を確認すれば、メッセージアプリに今目の前にいる弟からのメッセージが届いた旨の通知が表示されていた。何?とニヤつきながら首を傾げれば、うんざりした顔でレシピだ、と返される。

「ルシフェルさんはジムにも通っているし、基本的には健康そのものなんだが、もしものことを考えてあの人がいない夜は野菜中心の料理を色々試していてな」

「一人で唐揚げ一キロ食べて更に肉料理追加でイくのに健康そのもの?冗談はやめておくれよ、サンディ」

「同じ程度食べる俺も健康そのものだが?」

「ああ……そうかぁ……ファーさんには食の改善より運動習慣かな。でもまぁ、ありがたくもらっておくとしよう」

お互いパートナーの偏食には困ったものだと内心で苦笑する。それはそれとして、つい一年ほど前は、自分の食事量を知られたら幻滅される、と弟達のデートの後、よく追加の食事に付き合わされたものだが、あの焼き肉店での一件以降、開き直って二人で毎日共の食事を楽しんでいるようで、変われば変わるものだな、とベリアルは弟の変化に笑みを浮かべる。可愛いものだ。まぁ、カゴに入った二人分の精肉類の量は決して可愛くはないのだが。鶏胸肉を二人で二キロとは、何かの間違いではないだろうか。





ルシフェルが出張から帰ってくるから、なんて半分本音で半分が建前だ。実の所今朝一人で朝食をとっている時に、ニュース番組でやっていた肉料理の特集を目にして、今日はしこたま肉料理を作ってやる、と心に決めていたのである。
二キロある鶏胸肉を、梅酢と塩胡椒の唐揚げに仕上げて、圧力鍋の中の豚バラ肉も立派な角煮に。ハンバーグは、あとはもう焼くだけの状態にしてあるし、ミルク煮にしたロールキャベツと大ぶり具材のポトフは温めるのだけで食べられる。ルシフェルの帰りを待つばかりとなった料理の数々をぐるりと見回して、サンダルフォンは満足げに息を吐いた。メッセージアプリに本日の献立を全て打ち込んでいたので、きっと駅からのルシフェルの足取りはいつもより軽いだろう。何せ彼の好物ばかりを揃えたのだ。早く料理を前にして輝くあの表情を見たい。
ソワソワと待つこと五分ほど。不意に玄関の方からカードキーの電子音とドアを開ける音が聞こえてきた。慌ててぱたぱたとホールまで駆けていくと、丁度彼は靴を脱いで上がってきたばかりだったようで、上目がちの蒼い瞳と視線がかち合う。

「お帰りなさい。思ったより早かったですね」

「うん。ただいま、サンダルフォン。君の料理が楽しみで、急いで帰ってきてしまった」

ぎゅうと抱きすくめられて、顎を掬われた後に、しとりと重ねるだけのキスを落とされる。そんなに楽しみだったんですか、とくすくす笑えば、額をこちらの肩口にぐりぐりと押し付けたルシフェルのお腹が返事の代わりにぐうと鳴った。

「ご飯を食べたら一緒にお風呂に入りましょうね」

「そうしたら次は君を堪能させて欲しい」

リビングへ先導するようにして、手を引かれながらそう言われて、サンダルフォンははたと目を瞬かせる。しかしすぐにその顔をにんまりと笑ませると、いいですけど、と含みのある声音で喉を揺らした。

「お腹いっぱいだと、すぐに眠くなってしまいませんか?」

「いや、むしろ君に集中するための、腹ごしらえだよ」

ルシフェルの青い瞳が肩越しにこちらを向く。据えられた視線はまるで飢えた獣のようなそれで。顔を合わせることすら久しぶりなのも相まって、サンダルフォンは思わず唾を飲んだ。