香春 蘇葉
2020-11-28 23:35:44
2792文字
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【愛してる、をもう一度。】

ルシサンワンライ:〇〇しないと出られない部屋
復活時空

秘密と言うものは時に巨万の富よりも、世界中の財宝よりも価値のあるものになる。
この空の片隅に、秘密を何よりも尊ぶ小さな島があった。人々はみな大切な誰かと秘密を共有し、時に物事の取引として通貨の代わりに秘密を明け渡す。そんな、不思議な習慣のある島である。
島の端に艇を泊め、選ばれた数人で村に出かけた一行は、依頼の中で不調を来した星晶獣と出会した。島と契約をし、秘密を司るというその星晶獣は暴走を鎮める戦闘の末、最後の抵抗として威力や効果もわからない光の弾を一行に放った。依頼に同行した者を見回した中で、謎の攻撃を受けたとして、自分達が最も影響が少ないだろうと瞬時に踏んだサンダルフォンとルシフェルが、残りの団員を守るようにして前に出たのだが。

「クソ……!これだけ暴れて傷一つつかないのか……

肩で息をしながら吐き捨てるように言ったサンダルフォンは、煤のついた自らの獲物を一旦鞘に収めると、自分たちが最初に目にした時と何ら変わらぬ、傷ひとつどころか汚れひとつない真っ白な壁に背を向けて、離れたところに立っているルシフェルの元へと小走りに寄っていった。
団員達を庇って光の弾を受けた二人であったが、あまりの眩さに目を閉じ、来るべき衝撃に構えていたところ、待てども待てどもそれがこなかった。訝しんで恐る恐る目を開けると、先程まで戦闘を繰り広げていた森の風景はすでになく、何もない真っ白な空間が広がっている。それから一時間ほど、空間を破壊して外に出ようと試みたサンダルフォンが、ありとあらゆる手段をもって空間の真っ白な壁に攻撃を続けたのだが。

「ルシフェル様、すみません……俺では傷一つつけられず……

「見ていたよ。この部屋はありとあらゆる攻撃を無効化するような何かが働いているらしい。今の君が、傷をひとつつけることができないのであれば、回復途上の私が加わったところで、恐らく状況は変わらない。やはり、最初に提示された条件を達成することでしか、ここからの脱出は叶わないようだ」

そう、傷ひとつつけられなかったのだ。極彩の羽をもってしても、今はまだルシフェルから預かっている純白の六枚羽をもってしても。白い壁は壊れるどころか、傷ひとつ、煤ひとつつかなかった。やはりルシフェルの言う通り、目を開いた瞬間最初に提示された条件を果たすしかないようだ。
サンダルフォンはひとつ頷いて、眉間に微かな皺を刻むと、ルシフェルの手から一枚の小さな紙片を取り上げた。魔力の気配も何も感じられない、極普通の羊皮紙の一片。二人が最初に目を開いて、すかさず落ちてきたこの紙片に、とある条件が刻まれていた。曰く、〝部屋を出たくば、互いに隠している事を三つずつ明かせ〟と。秘密を司る星晶獣らしい内容であった。同時に、この島の人間であったら、一歩間違えると、死よりも苦しい条件となっていただろう。

「と、言っても貴方に何でも話すようにしてから、隠し事なんて……

「私も、君とよく話をするように心掛けてからは……

……あ。』

それは二人がほとんど同時に上げた声であった。顔を見合わせた二人は、どこかバツが悪そうに眉を下げながら淡く笑みを浮かべる。

「順番に明かしましょうか……

「うん。そうしようか」

ではまずは私から。ルシフェルはそう言うと、ひとつ短く息を吸ってひとつ目の隠し事を明かした。

「君が喫茶室にと作った菓子をつまみ食いしてしまったことがある」

「少し足りない日がありましたけど、あれは貴方だったんですか……

「とても美味しくて、ひとつだけと思いながら口に入れていたら止まらなくなってしまって」

「ふふ、でしたら次からは貴方の分も作りますね」

ほんのりと頬を染めたルシフェルに、嬉しげにそっと微笑みかけたサンダルフォンが、次は俺ですね、と控えめに手を挙げる。

「貴方が寝ている時、いつもしばらく寝顔を見つめています」

「たまに視線を感じることがあったが……

「ゔ……やはりバレていましたか……貴方がきちんとここにいるのか、確かめたくて……すみません、もうやめますから……

「いや、君の好きにするといい。そして願うなら、起きてる時にも君の視線を独り占めしたい」

もう、何を言ってるんですか。すっかり茹でたタコのように真っ赤になったサンダルフォンが、照れ隠しにルシフェルの胸の鎧を手の甲で軽く叩く。
〝食堂の食事は美味しいが、サンダルフォンの作る物が世界一美味しいと常々思いつつ、口には出していない〟こと、〝食堂の食事当番の時、ルシフェルの食事を他の者より少しだけ大盛りにしている〟こと。常々互いの胸の内を明かし合っているせいで、咄嗟に出せるような隠し事が見つからずに秘密とも言えない秘密が飛び交った。故に二つまでは順調であったが、三つめがどうしても達成できない。どうすればいいのだろうか。隠し事として明かせるものがあるとしたら、後は。
そこまで考えたところで、サンダルフォンははっとした。まだあったのだ。サンダルフォンがルシフェルに伝えた事のない、最大の隠し事が。しかしそれを伝えて、今のこの関係が壊れてしまうのは恐ろしい。ともすれば軽蔑されてしまうかもしれない。しかし、サンダルフォンがルシフェルに明かせる秘密など、今はこれくらいしか残っていないのだ。
決心にぐっと拳を握り、サンダルフォンは顔を上げた。しかし口を開こうとしたところで同じように真剣な面持ちをしたルシフェルに遮られる。

「サンダルフォン、君に伝えなければいけないことがある。私が君に、ずっと隠していたことだ」

「ルシフェル様にも……?俺も、貴方に伝えなければいけないことがあります」

……うん。では最後は同時に明かすとしようか」

ルシフェルの蒼い瞳が、ほんの少し緊張で固くなっていた。一体どんなことを言われるのだろう。身構えつつひとつ大きく息を吸う。

「サンダルフォン、君を愛している」

「ルシフェル様、貴方をお慕いしています」

ほぼ同時に、同じ意味を孕んだ言葉が交わった。瞬間、どこからか鍵が開くような音がして、白い壁に扉の形の切れ目が入る。それを確認した二人は、次いで顔を見合わせると、どちらからともなく噴き出して、笑い始めた。そうして一頻り笑った後に、目尻を濡らす涙を拭いながら、サンダルフォンがルシフェルへ掌を差し出す。

「我ながらナンセンスな告白でした……やり直しをしても?」

「おや。丁度私もそう提案しようと思っていた」

ルシフェルの小指をサンダルフォンの掌がぎゅうの握る。肩に頭を預けるようにして寄り添いながら、二人の姿は白い壁の扉の向こうへ消えて行った。

後日、二人はその時の告白をしっかりとやり直したのだが、それはまた別のお話。