香春 蘇葉
2020-11-27 06:23:39
2137文字
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【どすん。】

現パロルシサン。初夜を迎えた翌朝の二人

どすん。にわかにそんな音で目が覚めた。起き抜け特有の緩い頭と、昨晩の行為でどこか気怠い体に何とか言うことを聞かせて、むくりと上体を起こす。そこでようやく、ルシフェルの意識は完全に覚醒した。眼下に広がるベッドのどこにも、昨晩抱きこんで眠ったはずの彼の姿がないのだ。
一回りほど歳が離れていることもあって、想いを伝える合うにも、恋慕を遂げて恋人となるにも、スキンシップひとつ取っても、とにかく二人共慎重で、恐らく世界のどんな恋人達よりもゆっくりとした歩みで関係を進めてきた。そんな二人であったが、昨晩ついに素肌の熱を交わらせることができた。今まで生きてきた中で、最も満たされた夜だったように思う。腕の中の彼が、世界のどんな宝石よりもキラキラと輝いて見えて、年甲斐もなく欲と熱に二人で溺れた。明け方近く、体力尽きて彼が気絶するように眠りに落ちるまで、ひたすらに互いを求め、貪りあって。そうして目が覚めてみれば彼の姿がないのだから、ここで慌てずして、いつ慌てるのだろう。
正直、がっつきすぎた自覚はある。昨晩の彼は一際愛らしく、ルシフェルもつい理性の箍が外れてしまった。もしかすると、歳のわりに旺盛なルシフェルに幻滅してしまったのだろうか。はたまた真面目な彼のことだ。睡眠をとったとしても万全ではないだろう体を無理に起こして、いつものようにキッチンへ向かったのかもしれない。
そこまで考えたルシフェルは、顔を青くすると、慌てて全身を起こして、寝室から飛び出そうと動き出した。ベッドの脇に置いてあるスリッパに足を通して、まずは何か着る物を。
しかし大きなベッドの淵にまで移動したその時に、視界に飛び込んできたとある光景によって、ルシフェルは動きを止めざるを得なくなった。

「サンダルフォン……?」

フローリングの上に、一糸纏わぬ姿の恋人が座り込んでいた。ルシフェルが名前を呼ぶと、ぴくりとその薄い肩を震わせて、次いでゆっくりとそのかんばせがこちらを振り向く。その表情があまりにも、予想外のところから落ちた時の猫を彷彿とさせる、混乱しきりといった様子だったので、ルシフェルは思わず状況も忘れて眉を笑みの形に下げた。

「ルシフェルさん……俺、その……

ようやく言葉を発したサンダルフォンが、思い立ったかのように脚へ力を入れて、立ち上がろうとする。しかし何かしらの原因で力が入らなかったらしく、すぐにふらふらと腰を元の場所に落としてしまう。再びこちらを向いた赤い瞳は迷子の子供のようにひどく困惑していて、ルシフェルは思わずベッドから降り、彼の両手を取った。

「すみません、俺……

「うん」

「トイレに行こうと思って、ベッドから出たら……全然立てなくて……

言い終えるそのいとまにも、彼の頬は朱に染まっていき、瞬く間に顔全体はおろか耳まで、湯気でも出てきそうなほど真っ赤に上気していく。俯いてしまった彼のつむじを見つめて、束の間ぽかんとしていたルシフェルであったが、すぐにこの状況の理由に行きあたって、軽く目尻を染めた。

「その、サンダルフォン昨晩は」

「俺、昨日ルシフェルさんに……

「サンダルフォン?」

「そっか……そっかぁ……

ふふ、と彼が喉を笑みで揺らす。もしかして体のどこかが痛くて、おかしくなってしまったのだろうか。常の声よりやや高いそれに、ルシフェルがおろおろとかける言葉を探しあぐねていると、不意にサンダルフォンが勢いよく顔を上げた。上気した頬もそのままに、はにかむように双眸を蕩かせた彼は、握られた両の手をぎゅっと握り返すと、体を伸び上がらせるようにしてルシフェルの唇に触れるだけのキスをする。

「ん。ルシフェルさん、おはようございます」

……おはよう、サンダルフォン。体の調子はどうだろうか」

「どこもかしこも力が入りません。俺だけ満身創痍みたいで、少し納得がいきませんね」

ね、ルシフェルさん。サンダルフォンが両手を引く。その力に任せて上体をかがめると、彼の額が甘えるように素肌の胸板に擦り付いてきた。

「今日一日貴方に甘えても?」

何せ力が入らないんです。と抱き上げろとばかりに首に抱きついてくる体を受け止めて、ルシフェルは破顔した。それを言われてしまうと、些か弱い。

「ふふ……うん。では、まずはバスルームに連れて行こう」

「そうですね。貴方も俺も、そのまま寝てしまいましたし」

眠る前は二人していっぱいいっぱいで、先にバスルームへ、などと考える暇もなく身を寄せて眠ってしまった。シーツを替えて、それから朝食の準備を。頭の中でつらつらと考えながら、ルシフェルはベッドからシーツを引っ張ってくると、サンダルフォンの体をにかけて、それごと彼の痩身を横抱きにかかえあげた。
そこでああ、と今更のことながら気がつく。自分が目を覚ました時に聞いた音は、サンダルフォンがベッドから落ちた時のものだったか。そう思うと何故だか気恥ずかしくて、擽ったくて。堪らずルシフェルが小さく咳払いをすると、その顔を見たサンダルフォンが楽しげに肩を揺らす。彼の笑い声を最後にひとつ、寝室に残すと、二人はバスルームへと向かった。