香春 蘇葉
2020-11-23 18:11:09
1919文字
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【記憶の海で会いましょう。】

現パロ。お姉サンちゃん許婚。

常に一線を引かれているような感覚はあった。
彼女はとても真面目だから、例え仮の許嫁とは言え、主人と使用人の間柄であるルシフェルに少なからず遠慮があったのかもしれない。実際に結婚するまでは、そう思っていた。
例えばルシフェル達の父親であるルシオ。彼女と顔を突き合わせることが誰よりも少ないと言うのに、他の誰よりも彼女と遠慮のないやりとりをしている。まるで、旧知の仲とでも言うかのように。彼女が屈託のない、友人に向けるような笑顔を父親に向けているところを目にする度に、ルシフェルは嫉妬と寂しさに胸を灼かれた。
例えばルシフェルの双子の兄であるルシファー。彼だってルシフェルと比べると、彼女と過ごした時間は圧倒的に少ない。それでも彼女が彼に話をする時、ルシフェルに対するよりも遠慮がなく、明け透けな言葉でやりとりをしているように見えた。出会った時期はルシフェルと同じだと言うのに、何が違うのだろう。
彼女が自分の前から逃げていかないように、契りを結び、毎夜彼女と体温を重ね、情を交わしたとて、どうしても埋まることのない深い一線。それを自覚する度に、ルシフェルは堪らなくなる。

「それを俺に話して、どうするつもりだ?」

「兄よ、君ならばその理由を知っているかと思ったのだが」

「生憎と、今のお前に話すことはない。しかし、そうだな……俺がわざわざ探し出してまで雛をお前に引き合わせたその理由をよくよく考えることだな」

話はこれで終わりだ。いつもよりも冷淡な声音でそう言って席を立った兄の背を視線だけで追いながら、ルシフェルはそっと睫毛を伏せた。
何度考えてもわからない。ルシフェルが小さな頃から、自身をルシフェルのものと言い続ける彼女が、成長して体を重ねるようになって尚、時折ルシフェルを通して誰か他の者を見ているような目をすることも、度々ルシフェルの目の前から姿を消そうとすることも。彼女が何を思っているのか、いくら考えてもルシフェルはその答えに行き着くことができなかった。
もしかしたら、ルシフェルを受け入れてくれてはいるが、こんな頼り甲斐のない年下の男に嫁いだことを後悔しているのかもしれない。ルシフェルは今夜も、情事の後寝入った彼女を腕に抱きながら、不安に胸を揺らしながら眠りへと落ちた。
その眠りの中でのことだ。ルシフェルは夢を見た。それはこの世の中とはかけ離れた世界の話。魔法があって、見たことのない人や生き物が息づき、そして自分は尋常ならぬ力を持つ創られた生命だった。創られてから数千年、ただ課された使命を果たす、その繰り返しの毎日が続いた。友たる今の兄がいて、同じ時期に創り出された兄弟のような存在がいたが、ルシフェルの心は常に空虚だった。まるで走馬灯のように瞬きの間で記憶は流れていく。そうしてその中に、とある存在が交わるようになった瞬間、ルシフェルはそっと目を見開いた。まるで別人の記憶のように、世界が輝き始めた。些細なことでも心は踊り、当たり前と見過ごしてきたことが尊いもののように思える。自分のものであって、自分のものではない。そんな記憶が色づき出したのも、彼が生まれてからだった。
〝サンダルフォン〟記憶の中の自分はいつも弾む鼓動と共に彼を呼ぶ。性別も違う、見目も微かに違う。それでもわかった、彼は確かに彼女であると。
そうだったのか。ルシフェルは段々と記憶が自分になっていく感覚に身を委ねながら、眠りの海に揺蕩う。彼女はずっと、ルシフェルの中にあの頃のルシフェルを探していたのだ。そうだとわかると、ルシフェルを苛んでいた焦燥も、すっと溶けていった。自分はずっと、自分に嫉妬していたのだ。
最後の映像が流れる。ルシフェルが待つ場所に戻ってきた彼と手を取って、そして二人笑顔で輪廻に飛び込んで。そこで目が覚めた。重たい瞼をゆっくりと瞬かせて窓を見やれば、外はまだ夜明け前の様相をしている。無意識に強張っていた体の力を抜いて、吐息をひとつつけば、腕の中に収まっていた素肌の彼女の肩がふるりと震えた。

……るしふぇるさま?」

今まで聞いたことのないような幼い声で彼女が呼ぶ。いつだって、隙のない凛とした声音をしていたというのに、どうして今日は。と、考えたところでルシフェルは納得したように口元へ笑みを浮かべた。

「うん。今までよく頑張ったね」

「ふふ、はい。俺すごく頑張ったんです。だから、起きたら……いっぱい褒めてくださいね」

そう言うや否や、再び眠りに落ちた彼女を抱く腕に、力をこめて、ルシフェルは甘い香りがする鳶色の巻毛に鼻先を埋める。何故だか、少しだけ泣いてしまいたいような気分になった。