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香春 蘇葉
2020-11-21 17:20:02
2171文字
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【幾度と重ねる夜の内】
シオサン。体のみの関係だった二人が恋人として初めて迎えた朝の話。
それはそれは素敵な夜だった。
二人はずっと体だけの割り切った間柄であった。お互い一番は心に決まっていて、それでも生きていれば人肌恋しく、寂しい夜はある。きっかけは二人のそのタイミングが偶然にも重なったことだっただろうか。はたまたどちらかが相手を求めた、その結果だっただろうか。今となってはどちらでもいい。忘れてしまうほどに、二人が心を置き去りにして、互いの体のみを求めたその時間は長かった。それに、きっかけなど最早どうでも良くなってしまうような素敵な変化があったのだ。
昨晩、二人は体を重ねる内に育ちつつあった想いを交わして、晴れて恋人同士となった。とは言えこれまで過ごした時間の中でおおよそ世間一般的な恋人同士がするであろうことは全て済ませていた。二人に足りないのは想いが、感情が交わりあった上での触れ合いである。幸い、二人で出された、短期滞在を要する依頼の最中であった。無理なく生活できるくらいの家屋で二人きり。明後日になれば無事成し遂げた依頼の成果を携えて、艇に帰らなくてはいけない。そうなってしまうと、またいつ今のように、互いの存在にのみ意識を向けていればいいような環境で過ごせるかわからない。長距離移動をする帰り体力や依頼をこなす体力を残しておく必要もなく、静かな丘にひとつ建つばかりの家屋に二人きり。最初のチャンスはまさに、昨晩しかなかった。
端的に言えば昨晩は素敵な夜であった。互いの素肌に触れる度に熱をあげ、快楽に瞳を揺らした彼が声を漏らす度に愛おしさがこみあげた。彼と体を重ねるようになってから初めて背中へ回された掌が、もうずっと離れなければいいと思ったほどに、ルシオは夜の終わりを惜しんだ。
行為の後、互いに汗ばんだ体を寄せて瞼を閉じて、幸福の吐息をついた時、眠りの淵で自分以上に幸福な者がいるだろうか、と真剣に思ったほどであった。だと、いうのに。
「
……
サンちゃん」
翌朝、目覚めた時ベッドの中に彼の姿は見当たらなかった。ルシオの腕の中はすでにも抜けの殻で、彼がいなくなってから随分と経っているのか、シーツの表面は冷えている。今まで行為が終わってしまえば、どちらからともなく部屋へ帰り、朝を共に迎えることはなかったが、想いを通い合わせた今朝ならば、と期待の上での目覚めであったのだが、待っていたのはいつもと変わらぬ光景で。少なからず落胆しつつ、ルシオはのそりと身を起こした。起こしたところで、とあることに気がつき、一度すんと鼻を鳴らした。
身を起こした瞬間に、どこからともなくえも言われぬいい香りがしてきたのだ。昨晩の行為と、思っていた以上にぐっすりと眠ってしまったおかげで、すっかり空腹だったルシオの腹の虫が思い出したかのようにぐうと鳴く。ひとつ瞬きをしたルシオは、一糸纏わぬ素肌を手繰り寄せたシーツで覆うと、ベッドの脇のスリッパに足を通して、ぱたぱたと鳥の巣箱のように暖かく、小さな寝室を出た。決して長くはない廊下を進むごとに、腹の虫を騒がす匂いはどんどん強くなっていく。そうしてたどり着いた小さなキッチンつきの小部屋。壁に造りつけられた、暖炉も兼ねている竈門の前で、すっかりいつもの装束を身につけた彼が、鼻歌混じりで調理に勤しんでいた。寝起きの落胆も相まって、太陽光に照らされた彼の姿はきらきらと輝いて見える。堪らず口元が緩むのを自覚しつつ、彼のすぐ後ろまで寄っていったルシオは、大きな吐息ひとつと共に、脱力したように彼の肩へと頭をもたれかけさせると、細い腰に腕を回してぎゅうとその痩身を抱きしめた。
「ああ、おはよう。昨晩はよく眠れたかな?」
「
……
おはようございます。ええ、とても。貴方が抜け出したことに、気がつかないほど、ぐっすりと」
「ふは、そう拗ねるな。俺だって、今更どう言う顔で君の腕に収まっていればいいのかと思ったら、どうにも落ち着かなくてな
……
」
浅い、小さなフライパンの中身を揺らす腕を一度止めて、サンダルフォンがぐりぐりと肩口の頭に頬を寄せた。言外に何かを乞うその仕草を、不思議に思いながら顔を上げると、すかさず下唇に彼の唇が押し付けられる。いたずらっぽく笑んだ瞳はすぐに離れていき、フライパンを揺らす音が再び鼓膜を揺らすようになっても、状況を飲み込みきれなかったルシオは唇を奪われたそのままの姿勢で固まっていた。
「ああ、そうだルシオ。一品くらいならキミのリクエストを聞いてやれるが、何が
……
ふふ、キミ何て顔をしてるんだ?」
「
……
ズルいです
……
私がサンちゃんにしたかったことを、全部してしまうんですから
……
」
「キミがお寝坊なのが悪い。だがまぁ
……
」
カリカリに焼けたベーコンを、器用に皿の上へひっくり返しながら、サンダルフォンはそこで一旦言葉を切ると、視線のみで肩越しにこちらを振り返った。
「これから共に迎える朝など腐るほどあるんだ。最初くらい、俺にいい格好をさせても罰は当たるまい」
はっとして顔を上げると、すでに彼は次の調理に移っていて、ルシオの方からは顔が見えない。しゅんとしたのも束の間、〝それ〟に気がついた瞬間にルシオはそのかんばせを甘く蕩かせる。
鳶色の髪の隙間から覗く耳の先と、襟足と装束との間に見える素肌が、真っ赤に染まっていた。
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