香春 蘇葉
2020-11-12 07:32:38
3501文字
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【先生は物申したい】

現パロ。ポッキーの日。先生と生徒の話

「何の真似だ」

「あれ?知らない?今日ポッキーの日だよ」

ルリアとは今日会えないし、サンダルフォンだって彼女いないし、じゃあ僕とサンダルフォンの仲ってことで、寂しい者同士せめて空気感だけでも味わおうと思って。
そう言い終えるや否や、グランは突き出してきたプレッツェル菓子で開けろとばかりにサンダルフォンの唇を突いた。自分とグランの仲とは何なのだろう。単に腐れ縁の幼馴染だというだけだと言うのに。腑に落ちないまでも、突き出された菓子を無駄にするわけにもいかないので、サンダルフォンは促されるまま黙って口を開ける。すかさず口に入れられたそれを、整った歯列でかしりと噛めば、それじゃあ僕も、と何やら嫌な感じのする笑みを浮かべたグランの顔が近づいてきた。咄嗟に顔を背けて、プレッツェル菓子のチョコレートでコーティングされていない側にグランの歯が届く寸前で何とか回避する。

……キミ、気でも狂ったのか……!?」

「ちぇ、相変わらず頭硬いの……ねぇ、見てみなよ、あっちを」

今日という日をルリアと過ごせないことが、そんのにも不満なのか、グランが滅多に見ないような死んだ目で、背後の教卓を示して顎をしゃくった。言われるままに視線を向けたサンダルフォンは、教卓の周りが自分のクラスだけでなく、他クラスからもやってきた女子生徒達で埋め尽くされている様を認めてぎょっと硬直する。しかしすぐに彼はその中心からぴょこんと端正な顔が飛び出していることに気がついて、グランと同じくらいに瞳を濁らせた。

「ルシフェル先生か……

「そう。今日休み時間に入る度にポッキーを持った女の子達が詰め掛けてる……っていうかあんなに賑やかなのに気がつかなかったの?」

「キミの奇行に意識を取られていて、正直それどころではなかったな……言われてみれば、確かに騒がしい」

グランの言葉に重々しく頷いて、そう言えば、と教室内を見回してみる。授業間の短いものとは言え、休み時間だというのに男子生徒達の話す声が少しも聞こえてこない。あまりにも存在感がないので、もしや自分が思い違いをしていて次は移動教室だったのか、などと、ちらと思ってみたが、視線を巡らせてみればなんてことはない皆が皆、大人しく自分の席に座って恨めしそうに教卓の方を睨みつけていた。

「ああ……キミみたいなのが沢山いるな」

「あんなの見ちゃったら誰でもああなるでしょ……あ、はい。これあげる。ルリアのために沢山用意したけど僕にはもう必要ないから……

どんよりとした顔でグランはそう言うと、サンダルフォンの掌に何かを落とす。重みとも言えない重みに、ひとつ瞬きして視線を向ければ、未開封と思しきプレッツェル菓子の箱がひとつ、そこにあった。良く見れば彼が腕からぶら下げているビニール袋の中には、サンダルフォンが貰ったような菓子の箱がパンパンに詰まっている。好きな女の子に喜んで貰いたいがために用意した夢の跡を目の当たりにして、サンダルフォンがそっと悲しげに眉を顰めると、グランははは、と力なく笑いながら席を立った。

「配ってくる……

「あ、ああ……くれぐれも気が立ってる奴に刺されないようにな……

そうして、ふらふらと離れていくグランの背中を束の間見送った後に、サンダルフォンはひとつため息をつくと再び教卓の方へと視線を向けた。向けて、ビクッと体を跳ね上がらせる。
端正な顔を彩る蒼い瞳と、視線がかち合ったのである。まさかルシフェルがこちらを見ているとは思わなかった。こちらに向く視線に、何やら薄ら寒いものを感じながらサンダルフォンは慌てて目を逸らす。偶然彼がこちらを向いた時に視線が合ったと言うには、彼の瞳と見つめ合った時間はあまりに長い。こちらに何か用があったのだろうか。
と、そこまで考えたところで、サンダルフォンはひとつぱちりと瞬きをした。否、自分はあの視線を知っている。例えばサンダルフォンが無茶をして怪我をしたとき。はたまたテストの点数が平均よりも悪かった時。その都度で程度は違うが、ルシフェルは今と同じような視線を向けてきた。

「もしかして、怒ってるのか……?」

恐らく、周りいる女子生徒達は誰一人として気がついていないだろう。しかし、サンダルフォンならばわかる。ルシフェルの視線は確かに、怒りを多分に含んでいた。





「んんっ、ふぅ……っん、ぁっ」

もうどれだけこうしているだろうか。サンダルフォンは酸欠でまともに思考がまとまらない頭でぼんやりと思う。指を絡めて、握り合わせた両の手は熱く、ルシフェルが唇に噛みつき、舌先に残ったチョコレートを擦りつけてくる度に、互いの左手の薬指にある指輪が擦れ合ってカチカチと音を立てた。

そうだ、二十分くらい前だっただろうか。部活も何も入っていないサンダルフォンは、日直でもない限り早々に下校する。それは、ルシフェルが帰ってくるまでに少しでも家のことを片付けるためで、もれなく日直でも何でもない日であった今日だって例外ではなく、今朝家を出る前にルシフェルが少し遅くなると言っていたことを思い出しながら、部活のあるグランを置いて一人、帰路に着いた。
そうして帰宅したサンダルフォンがさて何をしようか、と帰りがけに寄ったスーパーで手に入れた食材を、テーブルの上に出していたところで、玄関の鍵が開く音がした。首を傾げてリビングルームの扉を見つめていると、帰りが少し遅くなると言っていたはずのルシフェルが足音荒く入って入ってきたのだ。おかえりなさい、と戸惑い半分で口にしたサンダルフォンに、焦りの滲んだ声音でただいま、と返すや否や、ルシフェルは勢いよくこちらの肩を掴むと、深々と息を吐きながら肩口に額を押し付けてきた。ルシフェルさん?と名前を呼ぶと、一二拍程置いた後に、彼とは、とルシフェルが低い声で言う。

「私の授業の後の休み時間に……彼とは、何をしていたのだろうか」

「へ……?あ、ああ、これですよ」

しっかりと抱き込まれた体を辛うじて動かしたサンダルフォンは、自らのすぐそこに置いていたリュックに手を突き入れると、指の先でグランに貰ったプレッツェル菓子のパッケージを引き摺り出してきて、ルシフェルの目の前でひらめかせた。

「アイツが今日ルリアに会えないからって奇行に走るから、諌めるのが大変でした」

はは、と言いながらパッケージをテーブルの上に置くと、サンダルフォンは自らのポケットをまさぐってリングケースを手に取る。中からルシフェルの分の指輪を出した彼は、自らの背中に回った左の掌をそっと引き剥がすと、眼下まで持ってきて、彼の薬指に指輪を通した。改めておかえりなさい、と肩口の頭をポンポンと撫でると、ほんの少しだけ頭をもたげたルシフェルが、前髪の隙間から何かを言いたげにこちらを見やる。

……?指輪、してくれないんですか?」

せんせ?と冗談めかして呼ぶと、ぐうと獣のような唸りを発した後に、やおら身を起こして、ルシフェルが同じようにこちらの左手に指輪を通してくれる。うん、ありがとうございます。
指輪を見つめて微笑むと、不意に目の端でルシフェルの手がテーブルの上へと伸びていくのが見えた。内心首を傾げながらその手を視線で追えば、丁度プレッツェル菓子のパッケージを掴み取ったところで。そんなに食べたかったのだろうか、などと思いながら眺める中でルシフェルは手際よく包装を開いていく。

「サンダルフォン」

呼ばれて上向けば、薄開きの口にチョコレートでコーティングされた菓子の先端を押し付けられた。反射的に閉じた口が、図らずも菓子を咥えれば、事態が飲み込めず混乱するサンダルフォンをよそに、すかさずルシフェルが反対側から食べ進んでくる。そうして少しも食べられなかったサンダルフォンが、すっかり溶けたチョコレートと共に唇を食まれて、口内を良いようにかき回され始めてから、気がつけば二十分程が経っていた。

もう限界だとばかりに、脚の間へ突き入れられた膝に崩れ落ちれば、チョコレート混じりのキスのおかげで敏感になったサンダルフォンの耳を彼の指先が擽る。はぁ、と熱っぽい息をついて胸板に縋れば、サンダルフォン、と彼がどこか欲の滲んだ声音でこちらを呼んだ。

「皆には隠しているとは言え、私だって嫉妬をしないわけではないんだよ」

読み違えたか、とルシフェルが袋からまた一本菓子を出す音を聞きながら、サンダルフォンは思う。どうやらあの視線は怒りでなく嫉妬だったらしい。