香春 蘇葉
2020-11-09 07:36:43
2865文字
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【酔っ払いとリベンジ】

シオサン。付き合ってるけどなかなか一線を越えられなかった二人が酒の勢いで越える話

目を覚ました瞬間、すぐにやらかしてしまったことに気がついた。頭はガンガンと痛むし、節々の怠さと顔全体の腫れぼったさ。きっと昨日の打ち上げで飲みすぎてしまったのだ。オイゲンに三杯目の麦酒を渡されて以降、記憶がないが、恐らく何かしらしてしまっているに違いない。
サンダルフォンは痛む頭を押さえながら、枕からゆらりと上体をもたげると、かけられていたシーツの落ちて露わになった自らの体をとっくりと見下ろした。装束や衣服をまとわぬ素肌の、至る所に散る小さな鬱血痕や薄らと浮かぶ歯形。これは、本当にやらかしてしまったらしい。意識していなかったが己の状態に気がついてしまった瞬間に、何やら腰や腹が鈍い痛みを訴えかけているような気がする。問題はその相手なのだが。
サンダルフォンはゆらりと頭を揺らすと、決して大きくはない自室のベッド、その隣でいまだにすうすうと健やかな寝息を立てて上下する、シーツの小山に視線を向けた。
サンダルフォンにはひと月ほど前からお付き合いを始めた恋人がいる。お互い慎重になりすぎて、未だに軽いキス止まりではあるが、それでも二人が通い合わせる感情が一時の気の迷いや、伊達や酔狂ではないということは、いかな鈍いサンダルフォンにだってわかっている。互いに互いを尊重して遠慮がちになっていることは、兼ねてからよくない傾向だとは思っていた。何かしらの打開策を、と思い悩んでいたことも記憶に新しい。
しかしそんなガラス玉のように澄んで繊細な二人の恋心だって、昨晩のサンダルフォンが犯した愚行、その結果によっては脆く砕け落ちてしまう。
サンダルフォンは固唾を飲むと、意を決して寝息を立てる小山のシーツに手をかけた。思い切り剥がせばシーツに包まっていた昨晩の相手の姿が露わになる。淡く暖かみを持った銀髪に、逞しい体躯。今は顔を壁側に向けてはいるが、そのかんばせがそれはそれは整っていることをサンダルフォンは知っているし、何より背中に成人男性が背負うには不似合いな、柔らかく丸いフォルムの羽がついているのは、世界広しと言えど彼くらいだろう。
昨晩を共にした相手の正体を得たサンダルフォンはほっと胸を撫で下ろすと、徐に彼の背中の羽に手を伸ばして、指先でくすぐるように撫ぜた。

「ッひ!?何事ですか……!」

「おはよう。早速で悪いが、昨晩のことを覚えていない俺に、この惨状のワケを教えて頂けるかな?」

「ああ……サンちゃんでしたか……おはようございます。前にも言いましたが、起こす時に羽に触るのはやめてください」

ちゃっかりとサンダルフォンの額に朝の挨拶のキスを落としてから、ルシオは神妙な顔で言う。そういえば前に一度二人で昼寝をしていて、好奇心で触れた時にそんなことを言われたような気がする。うっかり魔力放出してしまうかもしれないから、と頬を染めながら言っていたが、あれは単に敏感でくすぐったかっただけだとサンダルフォンは踏んでいた。
そんなことはいい。そんなことよりも今サンダルフォンの体中に散りばめられた違和感の理由だ。文句ありげにじとりと睨みつければ、そんなに怒らないで、とルシオは柳眉を下げた。

「そもそも私も、昨日はほろ酔いでしたし、サンちゃんたってのお願いでしたから」

……?どういうことだ?」

「話せば長いようで長くないのですが、とりあえずサンちゃんの様子が、おかしくなったところから話しましょうか」

オイゲンから渡された三杯目の麦酒のことを思い出しながら、サンダルフォンはゆっくりと話始めるルシオの声に、渋々耳を傾ける。事は、サンダルフォンがジョッキの中身を空にしたところから始まる。





……あの、サンちゃん?」

「ん……どうした」

「そんなに見つめられると、流石に私も照れてしまうのですが」

微かに酒臭い吐息がルシオの鼻腔を擽る。熱い掌は両側からこちらの頬を包み込んで、彼がどれだけ酒に浮かされているのか思い知らされた。わかっている。ただ酒酔いしているだけだ。そうだとわかっていても、普段恋仲でありながら滅多に接触のない、その欲求不満がにわかにさわりと騒ぎ出すのだ。

「ん〜ふふ、るしお、きみ……きれいだな」

「それは、ありがとうございます。貴方の大好きな顔ですよ」

「む……るしお、それはちがうぞ」

口を突いて出た皮肉には自分でも驚いた。束の間息を飲み、サンダルフォンと視線を合わせたまま固まっていると、不意に彼が頭を傾けて、ルシオの唇に己のそれを重ねた。ちゅ、ちゅ、と時折音を立てながら、軽く食むように吸い付き、時折舌先で唇をくすぐられる。恋仲でありながら、今まで浅く重ねるだけの稚拙なキスしかしてこなかった二人の間が束の間甘酸っぱく彩られる。頬に熱が集まるのを自覚しながら、されるがままになっていると、ややあって満足したらしいサンダルフォンが唇を離して額同士をぐりぐりと突き合わせてくる。

「ルシフェルさまもお美しいが、それとは別に、きみだから綺麗だとおもうんだ」

「サンちゃ、」

「なぁ、おれたちは……もうさきにすすんでもいいんじゃないか?」

その一言が止めだった。元々ルシオがなかなか先に進めずにいたのは、サンダルフォンが創造主に似た自分に対する無意識の安心感を、恋や愛などと勘違いしているのではないか、という懸念がが少なからずあったからで。そうでないと本人から明言された瞬間に、酒の勢いも相まってすっかり出来上がったサンダルフォンを部屋まで連れ去り、お互いに酒酔いに重ねて雰囲気にも酔いながらベッドにもつれ込んだ。そうして二人、これまでの欲求不満を晴らすように熱を溶け合わせ、快楽に浸り、空が白むまで情を交わし合った。

「と、いうことなのですが」

……いっそ殺せ」

「それは、却下ですね。サンちゃんが前触れもなくいなくなってしまったら、流石の私も数千年は悲しみに暮れてしまうでしょうから」

項垂れたサンダルフォンはそこでぐっと言葉に詰まる。こんなに自分のことを大切にしてくれている相手との、初めての夜を酒の勢いのみで過ごしてしまったことが、ひどく悔やまれた。
かくなる上は。サンダルフォンは羞恥に震える指先をルシオの頬に伸ばすと、喉の際で渋滞を起こしている声を必死に押し出した。

……すぞ」

「へ?」

「やりなおすぞ」

サンダルフォンは真面目故に一度道を逸れてしまうと軌道修正に難儀する質であった。今だって脇目も振らず突っ走ってしまっているとわかっている。だとしても。正気でない彼を勝手に抱いて、振られても仕方がないと構えていたルシオにとって、次あるとわかるだけでも踊り出したいほどに喜ばしい知らせである。

「サンちゃん、次は忘れられないほど、気持ちよくしますから……

「それは、ほどほどに手加減してくれ」

こうして、酒の勢いで初夜を迎えた二人であるが、数週間後素面の状態で初夜のやり直しをする話は、また別の話である。