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香春 蘇葉
2020-11-01 22:50:14
2779文字
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【可愛いアイツはワンコ系】
犬の日。ヴェラン。
「団長、少々よろしいでしょうか」
庁舎の廊下で呼び止められたランスロットは、抱えていた書類を一度体を揺することで抱えて直すと、小さく頷いてから肩越しに声がした方を振り向いた。
「ああ、お前か。今日は備品の納入日だったはずだろう?ここにいてもいいのか?」
ランスロットに声をかけたのは、普段騎士団の倉庫で、備品の出納や消耗品の発注を取り仕切っている役職の男だった。記憶通りであったなら、今日は大規模な備品の納入が予定されていたはずだ。彼を始めとした倉庫勤務の面々は数日前からそれに向けた準備に追われて夜遅くまで仕事をしていたはず。ランスロットも残業の傍らヴェインが持たせてくれた夜食を差し入れに行っていたからよく覚えている。間違っても今この時間にここにいるような余裕があるとは思えない。しかも彼は倉庫の総責任者なので、そんな人間が倉庫を離れてここにいるということは、与り知らぬ何かが起こっているということだろう。心なしか、男の額には汗が滲んでいるような気がする。
ランスロットは側を歩いていた団員を呼び止めて、自分が抱えていた書類の束を執務室に持っていくように指示をして渡すと、改めて倉庫管理の男に向き直って、険しい顔で腕を組んだ。
「で?何があったんだ?」
「それが
……
三十分程前のことなんですが
……
」
白竜騎士団は数頭ほど歩哨犬を有している。いずれも黒竜騎士団時代から任務に就いている優秀な犬たちで、団員たちも日々警邏を共にしては、甲斐甲斐しく世話をし、まるで家族のように可愛がっていた。しかし数ヶ月前、その内の一頭が儚くなった。元々年嵩で寿命だったのだろう。直前まで元気な姿を団員達に見せていて、穏やかに眠りについてそのままだった。団員達も数日の間はひどく悲しんで、食事も手につかぬ者もいたくらいだった。
とは言え警邏に必要な頭数は決まっている。欠けがあるのならば、埋めなければならない。そういうわけで、今日この日、備品の大規模な納入日に合わせて騎士団お抱えのブリーダーから子犬を一頭迎えることになっていたのだが、誰も彼もが犬舎へ顔を出す余裕がなかったのだと言う。
「それで、通りがかかった副団長が代わりに行くと言って出て行ったのですが、三十分経っても戻ってこなくて
……
」
「犬舎に
……
?なっ!?ヴェインを行かせたのか!?」
子犬を迎え入れる手続きは、別段三十分もかかるような煩雑な作業ではない。倉庫から犬舎まで十分も離れていないし、いかなヴェインでも騎士団の敷地内で迷子になるということはないだろう。となれば、十中八九〝あれ〟である。
思い至った瞬間、ランスロットは倉庫の責任者に持ち場へ戻るように伝えてから駆け出した。このまま放っておけば、犬舎にいる犬という犬全てが疲れ果てて眠るまでヴェインは帰ってこないだろう。昔からヴェインは不思議なほど動物に懐かれる質だが、中でも犬には特別好かれるのだ。
*
ランスロットの執務室がある庁舎から、犬舎までは実に歩いて十分ほどの距離がある。それを五分足らずで駆け抜けたランスロットは、肩で大きく息をしながら鉄製の囲いに手をかけて大声で叫んだ。
「ヴェインーッ!!無事かー!!」
叫んで束の間耳を澄ます。一拍、二拍。しばらく待っていると、犬達の檻がある区画の方から弱々しい声が聞こえてきた。ともすれば風に消えてしまいそうなほどの声だが、それでもランスロットにはわかる。確かにヴェインだ。
無理やり整えた息を、最後にひとつ大きく吸っておさめると、ランスロットは鉄製の囲いを軽々と飛び越えて犬舎に踏み入った。檻のあるエリアの方へと踏み込むごとに、荒々しい息遣いとくぐもった人の声が聞こえて来る。犬達を刺激せぬようにそろそろと近づいていって、そうしてたどり着いた先。そこに広がった光景を目にしたランスロットは束の間、頭痛を覚えたような気がした。
仰向けに倒れたヴェインの体のいたるところに、犬が群がっていて、ブンブンと尻尾を振りながら各々彼の体を甘噛みしたり舐めまわしたりしている。特に顔など酷いもので、四頭ほどから熱烈な歓迎をされていた。
ランスロットがゆっくりと近づいていくと、犬達は泡を食ったように逃げていく。ため息をつきながら自由になったヴェインの顔を見やれば、唾液でべたべたな顔をぐったりとさせていた。胸元には何故か他の犬よりも二回りほど小ぶりな犬を抱えている。
「ヴェイン、お前また性懲りもなく
……
」
「だってぇ
……
子犬って聞いたら会いたくなるじゃんよぉ
……
」
「立てるか?」
「ん。あんがと、ランちゃん。ほーら新入り。我が騎士団のボス、ランちゃんだぞ〜」
ご挨拶なさい。冗談めかしてヴェインが言うと、言っていることを理解してか否か子犬がひとつキャンと高く鳴いた。子犬というだけで、いかなランスロットでも毒気を抜かれてしまう。ついついヴェインへのお説教も忘れて破顔すれば、なはは、と得意げな笑い声が犬舎に響いた。
「はは
……
ウチの副団長は言うことを聞かないが、コイツはなかなか筋がいいみたいだな」
「パーさんみたいなこと言うなって〜ごめんよランちゃん〜!!」
「ほら、新入りを置いて、さっさと仕事戻るぞ」
あとは犬舎係の仕事だ。ヴェインから犬を受け取って地面に下ろすと、ランスロットは自分よりも大きな手を取って犬舎の外へ歩き出す。
「
……
ランちゃん怒ってる?」
「ああ
……
怒ってるな。俺が気付かなかったらどうしてたんだ?」
「なぁ、ランスロット。どうしたら機嫌、直してくれる?」
不意に腕を引っ張られて、後方に体が傾けば、ヴェインの逞しい胸板に受け止められる。驚いて彼の顔の方を振り仰げば、未だ唾液で濡れた顔がいたずらをして怒られた子供のような顔をしていた。堪らず吹き出して一頻り笑えば、ますますその顔が拗ねて子どもじみてくる。
「そうだなぁ、俺にも全身舐めさせてくれるか?」
「はは、そりゃオレの領分だよ、ランちゃん」
でもそれ、いいな。ふわりとヴェインの柔らかい金髪が肩にかかる。前髪の隙間からどこか艶のあるヘーゼルアイがこちらをじっと見ていた。
「今夜はランちゃんを甘やかして、全身ドロドロに溶かす」
「犬みたいにか?」
軽い皮肉と共に返せば、返事の代わりに一拍のいとまの後、にやりと笑んだヴェインがワン、と冗談めかして鳴く。夜を彷彿とさせる笑みに、知らず下腹が疼く感覚がしたが、なんとか振り払って、仕事中だぞ、とヴェインを引き剥がした。束の間といえど翻弄された意趣返しに、ぽこんと軽く頭を小突けば、ごめんって、とまたいつものような表情で彼が笑うので、ひとまずほっとしたランスロットは再び幼馴染の手を引いて犬舎を後にした。
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