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香春 蘇葉
2020-10-31 17:36:55
2183文字
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【夜にとける】
復活時空ルシサン。省エネモードのショタル様と🎃
「本当に、行かなくてもよかったんですか」
甲板から降りていく団長達の背中が見えなくなったところで、サンダルフォンは軽く振っていた手を下ろして己の後ろにちらと視線を向けた。厳密には後ろというよりも足元、膕からこちらの脚を抱きこむようにして、小さな人影がくっついている。人影は大きなフードのついたコートを頭からすっぽり被っていた。この方が可愛いとコルワがつけた布地と揃いの色をした耳が、ちょこんと天辺についている。サンダルフォンの声を聞いて、フードの端から銀色の前髪と、その下から空の蒼をそのまま落とし込んだような瞳がこちらを窺うようにして覗いた。視線がかち合った瞬間に、サンダルフォンがそっと笑むと、すぐ慌てたように視線が逸らされて、また元通り抱きついた脚に顔を埋めるようにしてぎゅうと密着した。
普段、子ども扱いをするなと言う彼にしては珍しいと思いつつも、このままでは身動きができないとはたと思い至ったサンダルフォンは、身を捩ってフードに包まれた頭をぽんぽんと撫でると、様子のおかしい彼を宥めるように苦笑混じりの声をかける。
「喫茶室に戻りましょうか」
返事の代わりに小さな頭がこくんと揺れる。まるで本当の幼子のようなその動きに笑みを深くしたサンダルフォンは、自らの脚からそっと彼の腕を解いて向き直ると、蹲みこみ、その小さな体を抱き上げた。揺らさないように立ち上がりながら一歩踏み出すと、首に抱きついた腕の力がほのかに強くなり、自分よりも少しだけ高めの体温がふわりと胸元に広がる。と、同時に温まったミルクを彷彿とさせる香りが鼻腔を擽って、艇内へと降りる階段を歩きながらサンダルフォンはつい小さな体に鼻を寄せて深く息を吸い込んでしまった。
「サンダルフォン」
「っ、すみません
……
ルシフェル様の香りがあまりにも好ましくて」
「きみも、あさからやきがしをつくっていたから、あまくていいにおいがするね」
「
……
ルシフェル様、本当にグラン達と行かなくてよかったんですか?こんなに愛らしい仮装もされているのに
……
」
「うん。たくさんのかしをもらうよりも、きみがだしてくれるやきがしひとつのほうが、うれしいとかんじる」
だから、行かなかったのか。内心納得しかけながら、サンダルフォンは食堂のドアを潜り抜け、横切る。
いや待てよ。確かに後日ルシフェルのおやつにと、今朝焼いた菓子をいくつか残しておいたが、まさか本当にそれが目的だとはにわかに考え難い。もっと別の理由があって、仮装に応じながらも街に繰り出さなかったのではないか。
ルシフェルを喫茶室のカウンター席に下ろしながらサンダルフォンは内心でうんうんとうなずいた。恐らく何か別に理由があるはずだ。ならば理由を引き出さなければ。
「ルシフェル様、今朝焼いたパンプキンタルトと、それから甘さを控えたココアです。どうぞ、召し上がれ」
「うん、ありがとう。ふふ、きみのりょうりのうでは、ひびあがるばかりだね」
嬉しそうに笑って、ルシフェルがフォークの先で薄いチョコレートプレートを切り抜いて作ったジャック・オー・ランタンを持ち上げる。
「
……
ルシフェル様」
「うん?タルトはおいしいよ」
「それは、ありがとうございます
……
いえ、そうではなくて
……
ハロウィンの装いをされていながら、人の子に混ざらなかったのには、何かわけがあるのでは?」
ぱくん、と小さな口がタルトの切れ端を含む。咀嚼の傍ら、蒼い瞳はじっとサンダルフォンを見ていて、どこか居心地の悪さを感じた。サンダルフォンが身を固くして見守る中、時間をかけ、丁寧に咀嚼したものを飲み下したルシフェルはやおら椅子の上で体を伸び上がらせると、カウンターにかけられたサンダルフォンの指にそっと触れた。
「こよいはつねとはちがうよる。エーテルものうみつにくうきをみたす。わたしとしてはこんなよるくらいは、ほんらいのすがたできみをめでたいとおもったのだが」
グランについていってしまったら、帰る頃には疲れ果てて眠ってしまう。だから、街には繰り出さずサンダルフォンと二人で留守番することを選んだのだ。
「くうきちゅうののうみつなエーテルと、くわえてきみからすこしわけてもらえたら、ひとばんていどならば、ためてきたちからをしょうひせずにもどれるかとおもう」
幼い掌が、その様にそぐわぬ確かな熱を持ってサンダルフォンの人差し指を握った。その感触にびくっと体を跳ねさせたサンダルフォンは、すっかりルシフェルの雰囲気に当てられて真っ赤に染まった顔をらそろそろともたげた。赤い瞳が微かな期待にとろりと濡れている。
「行事ごとよりこちらですか
……
」
ナンセンスだなぁ。羞恥を逸らすための、苦し紛れに吐き出された皮肉に、ルシフェルは微かに首を傾げると、ついで幼い容貌にそぐわぬ艶を湛えた笑みを浮かべて、サンダルフォンの手をひょいと持ち上げた。シナモンとバターの香りがすっかりと染み付いてしまった彼の指先へ、唇を寄せながら、蒼いまなこをうっそりと眇める。
「こんなきかいを、わたしがのがすとでも?」
完全な復活のために力を溜めることばかりに囚われて、幼い姿で我慢をさせすぎてしまったか。サンダルフォンはその瞬間、ほんの少しだけ己の浅慮さを後悔した。
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