香春 蘇葉
2020-10-29 01:40:53
1802文字
Public
 

【ワンプレートの愛】

ルシサン。お題でエプロンとエビフライとオムライスを食べたがるル様。

「大人様ランチ?」

エプロンを身につけつつ肩越しに振り返り、不思議そうに目を瞬かせたサンダルフォンに、ルシフェルは首肯を返した。少し遅めの昼食を作ろうと、サンダルフォンがキッチンに立ち、何か食べたいものは、とルシフェルに尋ねた、その直後のことである。

「近頃大きな街で流行っているもののようだ」

「お子様ランチではなく……ですか?」

大人も満足できるお子様ランチを。以前そのような試みがこの艇でされていたことはサンダルフォンも話に聞いている。しかしルシフェルが切り出してきた大人様ランチというものを今まで耳にしたことがない。一体どういうものなのだろうか。すっかり身につけてしまったエプロンの裾を軽く払いつつ、カウンターの向こう側に座るルシフェルへと向き直ったサンダルフォンは軽く首を傾げた。

「ルシフェル様はどのようなものなのかご存知ですか?」

「実のところ、私もはっきりとした情報を得ているわけではない。君ならば知っているかと訊ねてみたのだが……

「ふふ……なるほど。俺たち二人してその大人様ランチとやらの正体を知らない、と」

でもルシフェル様は食べてみたいんですよね。訊ねていながらも確信めいた何かが滲むサンダルフォンの声にルシフェルはひとつ頷く。なんとかして作ってみましょう。顎元に指を添えて、小さく唸りだしたサンダルフォンに、ルシフェルは淡い微笑を向けると、ヒントはある、と数日前食堂の片隅での出来事を思い出しながら話し始めた。
その日の昼下がり、ルシフェルが珈琲を淹れるため、水を求めて顔を出した食堂に、その二人はいた。片や白竜騎士団団長、ランスロット。片や白竜騎士団副団長ヴェインである。二人が幼馴染で、上司と部下の関係でありながら、仲がいいことはルシフェルも知っていた。処理を終えたと思しき書類の束を、二人向かい合って座ったテーブルの隅に置いて、何やら食べ物の話題を中心にして会話をしている。料理上手なヴェインに、サンダルフォンも何度か料理の教えを乞いに行っていたし、何より食堂の厨房に彼が詰めている姿をルシフェルだってよく見かけていた。時間的に夕飯の話であろうか。微かに鼓膜を打つ会話に意識を傾けながら、空のドリップポットを手に食堂を横切り、ルシフェルが水口へと辿り着こうかという時だった。件の言葉がランスロットの口から出てきたのは。

「あ!あれ……あれがいいと思うぞ!前にヴェインが作ってくれた……

「ああ!大人様ランチだろ?でもあれはランちゃん専用だからなぁ〜」

大人様ランチ。別段特別な言葉の羅列ではなかった。しかし不思議とルシフェルの心を惹きつける何かがあった。故に水を入れたドリップポットを手に二人へ近づいて言ったルシフェルは好奇心のままに訊ねたのだ。大人様ランチとはどういった代物なのだろうか、と。突然のことに目を丸くしたヴェインであったが、束の間固まった後に苦笑しながら答えてくれた。曰く。

「私の好きな物を一枚の皿に沢山載せたら、それだけで大人様ランチになる、と彼は言っていた」

もうそれだけでワクワクしちゃうでしょ?ランちゃんはそれが好きなんです。重ねて言われたことを思い出しながら、ルシフェルは故に、と少し弾んだ声音で続けた。

「私は君に作って貰おうと考えた。私にとっては、君が作る物全てが私の好きな物だと言えるからね」

……そんな事言って、何かリクエストがあるのでは?」

「うん。本音を言えば、エヴィフライとオムライスが食べたい。別のものでも、嬉しいし、それもまた、私にとっては大人様ランチなのだろう」

「ふ……なんですかそれ。貴方にしては随分と曖昧な基準ですね」

でも、わかりました。常よりどこか弾んだ声音でそう言うと、サンダルフォンが笑う。そのまま彼はカウンターの向こうからこちら側へと乗り出して、ルシフェルの額に触れるだけのキスをした。

「沢山作りますから、いっぱい食べてくださいね」

「では食後の珈琲は、私が淹れよう」

ルシフェルの言葉に嬉しそうに笑ったサンダルフォンが、こちらに背中を向けて作業を始めた。いつだったかルシフェルがプレゼントしたエプロンの紐が、彼の動きに合わせて揺れる。それを無意識に目で追いながら、包丁の音と共に流れる穏やかな昼下がりの空気へ、ルシフェルはゆったりと身を浸した。