香春 蘇葉
2020-10-24 23:28:01
2585文字
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【無防備】

ルシサンワンライ:髪に触れる
復活時空

武勇を誇り、かつて火の元素を司っていた天司、ミカエルはその日、かつての上司が繰り出そうとしている言葉を今か今かと身構えていた。
現天司長が団員として搭乗する騎空艇、その甲板の隅に据え置かれた大きめのガーデンテーブルを囲み、ミカエルを始めとする四大天使、そして数ヶ月前に再顕現を果たしたルシフェルが座っている。ラファエルは表情が読めず、ウリエルは威圧感そのものを感じていないのかいつも通りの様子であったが、ガブリエルだけは自分と同じように少々緊張しているのが見て取れて、ミカエルはほんの少しだけ安堵する。この状況に身構えているのは自分だけではない。それがわかるだけでも、柄にもないことだが、やや緊張が解れるような気がした。
四大天司の視線が注目する中、席についてから今まで少しも動きを見せなかったルシフェルがガーデンテーブルにもたれかかるようにして両肘を立て、やおら重ねた手の甲に顎をそっと乗せた。美しいが精巧に造られた人形のようだ。かつてそう思っていたかんばせに、長い睫毛が落とす影が伸びて憂いの色が滲む。不謹慎だがあの頃よりもずっと感情が見えるようになって美しさがいや増した。ミカエルは知らず、元上司の美貌に唾を飲み下して、その唇から溢れる言葉を待った。

「本来私には既にその権限がないにも関わらず、今日みなを急ぎ招集したのは、確認したい事項があったからだが」

そこでルシフェルは一旦言葉を切る。いつの間にか飄々としていたラファエル、ウリエルまでもがその居住まいを正していた。全員にその冴えた蒼を滑らせたルシフェルは、小さく息を吐くと懇願するように一言、こう言った。

「四大天司、君たちに問おう。使徒を労う際、どのような手段を用いているのだろうか」

束の間、場の時が止まる。急ぎで招集されたからには、一体どんな困った事態がこの先に待ち受けているのだろうか、と身構えていたのにも関わらず、ルシフェルの口から出たのは使徒の労い方の方法を問うもので。拍子抜けした四大天司はしばらく返答に窮した。
最初に我に返ったのはラファエルだった。使徒のグリームニルが功績を上げた時には、菓子類を与え頭を撫でると喜ぶのだと言う。

「お!それならブローディアのヤツも頭を撫でると喜ぶぜ。ウリエルトレーニングと一緒にやってやれば、憎まれ口叩きつつもちゃんとついてきやがる。可愛いヤツだろ?」

「妾は労いの言葉と、それから人の子の書物を与えます。人の営みに興味が尽きないようですので」

「私も、髪を撫でてあげて、一緒にお茶をするわ。でもルシフェル様、どうしてそのようなことを?もしかして現天司長さんとうまく付き合えていないのかしら」

図星、と言う言葉がここまで似合う反応はなかった。と、いうよりはルシフェルがここまて動揺する姿を今まで見たことがない。盛大に肩を揺らしたルシフェルは、蒼い瞳をテーブルの上へと彷徨わせながら話し始めた。曰く、サンダルフォンを労おうと中庭にいた頃のように頭や髪を撫でようとするのだが、いつも警戒した猫のように飛び退かれているのだ、と。あの頃は気持ちが良さそうに嬉しそうにしていたというのに、一体何故、と悲しげにルシフェルは語った。
最後まで聞いた四大天司達の心の声はそこで珍しく一致した。恥ずかしがっているだけです。そう、声を大にして言いたい。しかし正面きって伝えたところで、またルシフェルが不思議な解釈の下サンダルフォンの機嫌を損ねてしまうかもしれない。そこまで考えたところで、四大天司は顔を見合わせる。

「あの、ルシフェル様。サンちゃんはきっと、責任ある立場で情けない姿は見せられないと思っているのでしょう……二人きりの、とびきり気が抜けている時に労ってはいかが?」

そう、例えば寝入り端、寝起きの時。エウロペだって、二人きりでまどろんだ後には気が緩んで愛らしい姿を見せてくれる。星晶獣も、人もそう言った時に本来の姿を見ることができるものだ。
ガブリエルの提案を耳にしたルシフェルは、しばらく考えこむように睫毛を伏せた。ややあって彼は納得したように頷くと、下向きに這わされていた視線をゆっくりと上げる。その表情は、最初に顔を合わせた時よりも幾分か和らいでいた。





ふわり、とまつげが震える。自分の腕の中で待ちわびていた瞬間が訪れたことを察したルシフェルは、まだ気怠げに瞬きをする彼の、その髪へと指先を絡めて、梳くように撫で始めた。ふわふわと掌に返ってくる感触は、中庭にいた頃のものとちっとも変わらない。愛おしいな、とただただ自然に笑顔が滲む。
髪を撫でられていることに気がついたのか、寝起きのどこかとろんとした瞳が上目にルシフェルの手の動きを追う。もしかしたら、いつものように逃げられてしまうだろうか。少しだけ跳ねたコアの鼓動を自覚しながら、顎の下にある彼のつむじへと唇を寄せて、頭を撫で続ける。

「ルシフェルさま……?」

「うん。おはよう、サンダルフォン」

「ふへ……おはようございます……

寝起き特有の緩い顔で彼が笑って、逃げるのでも怒るのでもなく自らルシフェルの掌にすり寄ってくる。もっと撫でろとばかりにぐりぐりと掌を押し返す感触に、束の間呆気にとられていると、うっとりとしたような声でサンダルフォンが気持ちいいです、と呟いた。

「おれ……ルシフェルさまがこうしてなでて、ほめてくれるの……すきです……

「では何故、いつもは逃げて……?」

「だってはず……かし……ッ!?」

その瞬間、夢の中で揺れているような瞳がいつもの強い意志の滲む色を取り戻した。一瞬で目を限界まで見開いたサンダルフォンは、素早く視線を走らせて自らの状況を確認すると、耳まで顔を真っ赤にして、力なくルシフェルの胸板に縋り付いた。

「忘れてください……

折角貴方に成長したところを見せようと思ったのに。重ねて言われて、ついに耐えきれなくなったルシフェルは破顔する。肩を揺らして一頻り笑った彼は、サンダルフォンの体をぎゅうと抱きしめて鼻先で彼の髪を撫でながら長い吐息をひとつついた。

「君を甘やかす許可を貰えるのなら、忘れよう」

そういうのはずるいです、とサンダルフォンが唸る声がして、またルシフェルは双眸を崩した。