別段、付き合っているわけではない。お互いにやむにやまれぬ理由があって、寂しさを埋めるために、はたまた深く眠りに落ちるために体を重ねているだけだった。片や養父に恋をして諦めようと必死でもがくサンダルフォン、片や長年の無理によって睡眠障害となったがただひとり、サンダルフォンがそばにいれば深く眠れるルシオ。割り切った関係だった。お互いでお互いを、必要な時に求めるような、そんな居心地のいい関係だった。しかし、いつからだろうか。朝起きた時に広くなったベッドの冷えたシーツを撫でる度に切なく、寂しく感じるようになってしまったのは。
恋を諦めようとしているサンダルフォンの、思い人を考慮してか、目が覚めた時にルシオの姿がベッドにあることはない。いつだってそこに彼がいたという痕跡の、皺が残って温もりを失い、冷えたシーツだけが残っていた。寝惚け眼でそれを確認したサンダルフォンは、いつもベッドの真ん中までずるずると移動してきて、冷たい布団を温めるようにして二度寝を決め込む。そうして短い眠りの果てで、二度目の目覚めを迎えた時に、昨晩まで彼がいた布団を抱きしめて、深く息を吸うのだ。そうすると決まって、ルシオが使っている香水の匂いが微かに鼻腔を擽る。心の切り傷に染み入るようなそれに、サンダルフォンはまた、正体不明の切なさに心を揺らすのだ。
「香水、ですか?」
「つけているだろう?どこのどの香水だ?」
行為の後の気怠げな会話の中で、不意に思い出したサンダルフォンは、ルシオの上に寝そべりながら、小さく笑って首を傾げた。聞かれた方はと言えば、束の間考えるそぶりを見せた後に、ややあってうっそりと微笑むと秘密です、と返してくる。すんなり教えてくれるとばかり思っていたサンダルフォンは、微かに唇を尖らせてそうか、と額を彼の鎖骨に押し付けた。
「ふふ、サンちゃん。重いです、痛いです」
「重くないし痛くしてない。大袈裟に言うな」
「でも本当に、企業秘密みたいなものなんです。教えてあげられなくてすみません」
謝りつつも、申し訳なさなんてその声には微塵も感じなかった。それはそうだろう。サンダルフォンの方は徐々に彼へ心が傾き始めているのを自覚いるが、ルシオにとっては相変わらず、近くにいれば、体を重ねれば、ぐっすりと眠れる、いわゆるセックスフレンドだ。そんな割り切った関係の相手に、執着の元となる可能性がある香水の種類など教える必要もない。匂いとは、記憶に深く根差すもの。いつか道を分かつ相手に覚えていて欲しいものではないのかもしれない。
そうして今日も、サンダルフォンはひとりになったベッドの上で彼の残滓を肺いっぱいに吸い込む。胸がずくんと痛む気配がして、束の間瞑目する。次にいつ会えるかわからない。それまでにこのシーツを残しておくわけにもいかない。そこから微かに香る彼の自身の匂いと、香水とが入り混じった香りを記憶に刻むように吸い込むことだけが唯一許されたことだった。
「サンちゃん、お水を持ってきましたよ……サンちゃん?」
切なさと寂しさがその一瞬で払拭された気がした。いつもはすぐに帰ってしまうのに、なぜ今日はここにまだいるのだろう。ルシオの手から水のペットボトルが落ちる音と、彼が慌てたように近づいてくる音を聞きながら、状況がいまいち読めないサンダルフォンはぽけっと惚けていた。そんな彼をよそに、ベッドのすぐそばに膝をついたルシオは、シーツを握る彼の手をそっと両手で取ると、これ以上になく幸せだと言わんばかりの蕩けた笑顔を浮かべた。
「私を思い出してくれていたんですか?」
「ッ……ルシオ、どうして」
「いつもは香水の類を使わないのですが、サンちゃんにこっちを向いてほしくてわざと使っていました」
ねぇ、サンちゃん。私のことを思い出してくれていたんでしょう。両手で包んだサンダルフォンの手を、祈るように額に押し当てながら、ルシオが吐息まじりに言う。希うようにも、懇願するようにも聞こえるそれに、サンダルフォンの背筋は甘やかに震えた。
「……キミ、趣味が悪いぞ」
「その顔は、図星取ってよさそうですね」
匂いは記憶に深く根差す。サンダルフォンが気付くよりももっと早くに彼はそれを手段として取っていたわけだ。人が悪いことこの上ない。秘密を暴かれた羞恥と、手玉に取られていた事実に拗ねていると、額に唇が落とされた。
「サンちゃん、ずっと好きでした。サンちゃんは、どうですか?」
もうずっと口に出すことなく温めていた感情を、開け広げることに躊躇っていると、不意にこちらの手を握り込む力が強くなる。サンちゃん、と穏やかな声がねだるように名前を呼ぶので、サンダルフォンは堪らず、消え入りそうな二文字をまだ夜も明けきらない朝の空気に溶かした。
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