香春 蘇葉
2020-10-17 23:39:16
3088文字
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【ギャップ】

復活時空のルシサン。
ワンライお題:罠

腰回りに纏わりついてくる掌を笑顔でいなしながら、心の内でカウントする。十から九、九から八。正直今自分の腰に明確な意思を持った手つきで触れてくる脂ぎった金持ちの手よりも、目の前に広がる光景の方が不快極まりなかった。
八から七、七から六。視線の先にはドレス姿の美しい立ち姿がある。側には痩身のいかにも甘やかされて育ったであろう貴族階級の男がでれでれと鼻の下を伸ばしながら、麗人の手を撫でさすっていた。否、よく見ると女性ではない。もっというならば彼はこの世で最も大切な人である。
六から五。五から四。もう我慢できないと思った。偶然鉢合わせたとは言え、最初からこんな任務は断ればよかったのだ。目の前で美しく着飾った彼の、顕になっている肩へ男が無遠慮に触れる。今度は尻をさりげなく触ってくる手の甲を気づかれない程度に抓りながら大きく咳払いをすると、少し離れたところに立っている彼の蒼い瞳がちらとこちらを見て、一度ざわりとその周囲の空気が歪んだ。
三から二、二から一。遠くからでもわかる。彼の視線はこちらの尻を撫でさする肥え太った手に注がれている。あ、こいつただではすまないな。一瞬の空気の歪みはおそらく彼の怒りと共に瞬間的に噴出した魔力によるものだろう。よかった、彼も自分と同じ気持ちなのだ。番が目の前で慰み者にされて憤らないわけがない。本来なら別の場所で直接目にする光景ではないと思っていたが、それはそれで落ち着かなかったに違いない。
零。ヒールの高い靴の踵を思い切り踏み込んで真上へと跳躍する。半回転をかけながら今まで無遠慮に己の体を撫でさすり続けた男の、その横っ面を蹴り飛ばすと、沢山の料理が並べられたテーブルを巻き込んで肥えた体が窓を突き破り、飛んでいった。満足げに笑いながら着地すると、身につけたフロッグコートの裾がふわりと降りてくる。さて、次は彼に不敬な言動を浴びせかけた輩を。そう考えたと同時に、バルコニーに続く窓、ホールへの出入り口などから秩序の騎空団が突入してくる。優雅なパーティは一瞬にして闘いの喧騒に塗り替えられて行った。





「全く、何故あの方が女装などしなくてはならないんだ」

ため息まじりの一言に、何度目かな、とグランは目を坐らせた。ここまで頻繁に耳にすると、最早彼の鳴き声が何かだろうか、とさえ思ってしまう。とは言えグランも依頼を二人に回した手前胸を張って文句を言うこともできない。

「だから、君たちが一番適任だったからって言ったでしょ。人間が廃人になってしまうよう薬をこっそり使われても平気だし、戦闘への立ち回りも確かだって……僕ちゃんと説明したよね?」

……俺は承諾していない」

「君に回した依頼は君が承諾した。ルシフェルもルシフェルに回した依頼を本人が承諾した。ただそれだけだよ。悪いのは二人とも、お互いに独断で決めちゃったってことだけだね」

呆れたように笑いながらグランがそう言うと、すでに礼装姿で髪型もばっちりセットしたサンダルフォンがあからさまに、言葉に詰まった。そう、後から考えれば、二人一緒にいる時に依頼の話をしなかった自分も悪かったが、圧倒的に二人の責任でもあるのだ。
今回、二人に回わしたものは秩序の騎空団から違う条件で二件、依頼されたものであった。場所、時間は機密情報だったらしく、当日知らされるらしいが、多少の差はあれどその内容は似通っていた。ひとつが中性的な美しい青年を好む富豪にハニートラップを仕掛けて、証拠を得て会場に突入するまでの時間稼ぎをしてほしい、との話。もうひとつが上背もありしっかりと筋肉のついた美しい男性に女装をさせて侍らすことを好む男に、こちらも同じ条件でハニートラップを仕掛ける依頼。どちらも人身売買の新ルートを確立するために重要なポジションにいるらしく、秩序の騎空団はこの人身売買ルートが確立する前に抑えたいとのことで、強硬手段も辞さないと、今回の依頼をグランたち騎空団にしてきたらしい。

「ランスロットやジークフリートはどうした。お誂え向きだろう」

「さすがに立場ある人にハニートラップはさせられないし、ジークフリートさんすぐにドレス脱いじゃうでしょ……

この騎空団はいくら見目麗しい者が多くとも立場ある者が多数いてさすがにこんな依頼は回せず、かといって他の者に回すにも腹に一物も二物も抱えた貴族の間で流行っている、好みの人間を従順な人形に作り替える薬の存在もあって迂闊に振り分けられない。星晶獣の面々はハニートラップを仕掛けるにはクセがありすぎる。さまざまな条件を考慮した結果、グランの無茶振りに慣れたサンダルフォンと、大局を見据える力に富んだルシフェルにお鉢が回ってきたというわけだ。

「しかし、これはさすがに、」

「サンちゃん、お待たせしました。支度ができましたよ」

尚も言い募るサンダルフォンの言葉を遮って、部屋の半分から向こう側を覆っていたカーテンを勢いよく開きながら、ルシフェルの着替えを手伝っていたルシオが顔を出す。一番似合うものが分かりますからね。そう言って胸を張って、役を買って出たルシオは、まだ閉じているカーテンの向こう側に手を突っ込むと、そこにいたルシフェルの腕を引っ張って、グランとサンダルフォンの眼前に突き出した。

「その……どうだろうか、サンダルフォン。このような格好は初めてでよくわからないのだが」

よくあってたまるか。内心呟いて、満足げに頷いたグランは、隣にいるサンダルフォンへ視線をむけて、それから束の間固まった。

「ルシフェルさま……お綺麗です……

先程まで散々文句を言っていた彼は何処へやら。マーメードラインの淡い色をしたロングドレスを身につけた己の創造主を前にして、サンダルフォンは滂沱していた。勝手にやってろ、馬鹿ップル。心の中で毒づいて、グランはこの先で待ち受ける依頼を思い、深々とため息をついた。





向かってくる敵を時には投げ、時には蹴り飛ばしていく。そうしていると不意に誰かの背中に触れた気配がして、サンダルフォンは反射的に振り返った。

「ルシフェルさま……

「君だったか。ならば、背を任せるのに不足はない」

頼んだよ。腰を深く落として臨戦の構えをとりながらルシフェルが肩越しに薄く笑う。笑みを向けられた方はと言えば、すっかりその美しさに気を取られて、背後から遅いくる燕尾服の人間を手の甲で殴り飛ばしながらしばらくの間見惚れていた。そうしていると、不意にルシフェルがこちらの腕を引いてサンダルフォンの意識が向いていない方向から飛びかかってきた相手を肘で叩き飛ばす。守られるようにして胸板に押し当てられたサンダルフォンは、辛うじて息苦しさから抜け出しながら、上目に彼を見上げて、ほうと息をついた。

「サンダルフォン、あまり私を見ていると怪我をしてしまうよ」

「貴方が無遠慮に触れられるのを前にして気が気ではなかったので、こうして触れられることに安心してしまって……

不意にルシフェルが小さく笑む気配がした。はっとして一度は羞恥に俯かせた顔をあげれば、すかさず額へ唇が押し当てられる。

「粗方収束したら、どこか二人きりになれる場所を探そう」

肉と骨がぶつかる音がした。汚い悲鳴が上がる。拳についた血を払ったルシフェルは、そんな最中でも綺麗だ。出立と所作の差に、高鳴るコアを抑えながら、サンダルフォンは赤く染まった顔を隠すようにレースで覆われたルシフェルの胸板に鼻先を埋めた。