香春 蘇葉
2020-10-07 01:15:15
1978文字
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【廊下に天司が落ちている】

シオサン。廊下で寝落ちるフォン。

グランサイファーの廊下にはよく天司が落ちている。
また落ちている。ルシオは通りがかった廊下の進行方向の先に、うつ伏せで倒れている人影を見とめて、深々とため息をついた。艇内の狭い廊下の壁に等間隔で並ぶランプの火が、風もないのにゆらゆらと揺らめいて、倒れている人影を照らしたり、薄暗い闇の中に収めたり、随分と忙しない。こんな廊下の真ん中で、堂々と〝寝落ちている〟のだから、その消耗は相当なもので、きっと自己修復のためエーテルが動いて火を揺らしているのだろう。
さて、と心の内でひとりごちて、ルシオはのんびりとその人影に近寄って行った。廊下の途中で落ちている人影の正体は誰なのか。わざわざ注意深く探ることもない。近頃頻繁にこうなるのだ。時に膝から崩れ落ちたように床へ突っ伏していたり、はたまた廊下の隅で膝を抱えて縮こまるようにしていたり。こんな風に廊下で力尽きて眠ってしまうほど頑張らなければいいのに、と少し思うほどには、彼が廊下に落ちているところへ出会すことが多いのだ。

「サンちゃん、起きてください。まだ廊下ですよ。このような所で眠っていたら、皆さん驚いてしまいます」

うつ伏せに眠る彼のそばにそっとしゃがみ込んで、軽い力で肩を譲りつつ声をかけるも、返ってくるのは唸り声と顰め面ばかりで一向に起きる気配はない。小さな吐息ひとつで諦めたルシオは、やおら身を屈めて彼の体を起こすと、横抱きにしてゆっくりと立ち上がった。眠っている者を抱きかかえるというのは、多少骨が折れると聞くが、ルシオとしては普段気にもとめないくらいのものが今更ほんの少し存在を主張するくらいでは、どうとも思わない。むしろ、彼を抱きかかえる腕に無防備な重さと体温が伝わってくる度に、全幅の信頼を寄せられているようで嬉しくなってしまうのだ。
大した苦労もせずに、むしろ楽しみながらサンダルフォンの部屋まで歩いて行って、軽く体を揺すり彼の体を縦に抱え直してつつ、いつだったか好きに使えと渡された部屋の合鍵を取り出し鍵穴に通す。小さな音と共に鍵が開いたのを確認して、ドアノブを捻ろうとしたそのいとまに、一際大きく唸りを上げた彼がぐりぐりと肩口に額を押し付けてきた。首を竦めて頬をすり寄せることでそれを宥めると、今や自分の部屋のように勝手がわかるサンダルフォンの部屋に入っていき、ぐっすり眠っている部屋の主の体をベッドへと横たえる。
人肌が離れていったことに気がついたのか、はたまた抱き枕のようなものを欲してか、体を離したその端からふらふらと腕が伸びてきて、眠りの最中であっても明確にわかるほどに不機嫌そうな声でるしお、とどこか舌足らずに彼がこちらの名前を呼んだ。はい、と身を屈めれば、先程まで断固として起きないとばかりに固く閉じていた瞼がうっすらと開いていて、下から覗く赤い瞳がこちらを見ている。

……るしお?」

「はい。貴方のルシオですよ、サンちゃん」

「俺……へや……かえってきたのか……

「いえ。この間と同じように依頼疲れで廊下に落ちてましたよ」

私が運んできたんです。続けてそう言えば、そうか、と低く唸るように彼が言って、のそのそと動き出す。ルシオが見ている中で、防具の類の装束を解き、ベッドの上にもう一人ほど入れそうなスペースを作ったサンダルフォンは、ひどく緩慢な動きでキルトの掛布に潜り込むと、片手でそれを軽く広げながら上目にルシオを見やった。意図を捉えあぐねて、しばらく固まっていると、不可解そうに眉を顰めた彼が小首を傾げる。

「入らないのか……?」

「私も入っていいんですか?」

「他に誰がいる。嫌ならば、」

「待ってください!入ります」

慌てて防具を排して、軽装の装束姿でサンダルフォンの隣に滑り込めば、肩にしっかりと掛布をかけられて、もぞもぞと身動いだ彼が顎の下に頭をねじ込んでくる。あまりにも無防備に腰に抱きつき、すり寄ってくるので、ルシオは知らず体を硬直させた。今まで何度この部屋にサンダルフォンを運んできたとて、こんなことにはならなかったというのに、一体どういう風の吹き回しだろう。壊れたブリキのおもちゃのようにぎこちなく彼の背中に手を回して、ルシオはひと回りほど小さな体を抱き込んだ。

「サンちゃん、あの……

言いかけた所で、鼓膜を透かす規則正しい寝息に気がついて言葉を切ると、そっとルシオは苦笑した。どんな意図があって、と浮き足立ったがなんて事はない、彼は寝ぼけていただけだろう。だとしたら朝起きた時の顔が見ものである。ほんの少しほろ苦さを滲ませて微笑んだルシオは、腕の中で小さく縮こまった体をしっかりと胸板に密着させると、薄い装束越しに伝わる体温と彼の香り、それから健やかな寝息に釣られて、とろとろと眠りに落ちていった。