香春 蘇葉
2020-09-17 18:54:09
2799文字
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【かみかくし】

ルシサン。省エネで子供の姿のル様とサンちゃんの話。

最近のルシフェルは、なんだかおかしい。
再顕現を果たしたものの、その体を構成するエーテルが圧倒的に足らず、やむなく幼体の姿を取っている彼は、完全な体に戻る日を見据えて、毎日少しずつその小さな体にエーテルを溜めている。時に体の年齢に精神が引きずられることもあるが、基本的にはあの場所で会話を交わしたルシフェルと中身は変わらないので、サンダルフォンも日々、大切な存在が隣にいる毎日、というものを噛みしめながら過ごしていた。
そのルシフェルが、数日前から様子がおかしいのだ。朝、同じ部屋で寝起きして、サンダルフォンに手伝って貰いながら身支度をする。それが済めば喫茶室の開店準備に食堂へ入る時にタイミングを合わせて、手を繋ぎながらのんびりと二人並んで歩いていくのだ。そうして、サンダルフォンが開店準備をするいとまに、彼がその日最初に淹れた珈琲と前日から仕込んだ朝食を食べながらカウンターの中でくるくると動き回る様を食器が空になった後にもずっと眺めているのだが、近頃は朝食を食べ終えるとすぐに椅子から飛び降りて、用事があるからと出て行ってしまう。行先は知らない。訊ねたこともあったが、うまくはぐらかされて、結局わからないままに終わってしまった。
心配になったのと、少々寂しく感じたサンダルフォンは彼がでかけた先を探るためにこっそりと喫茶室を訪れる団員達に訊ねるようにした。しかし来る日も来る日も、彼の行き先を知っている団員は現れない。もう諦めて、ルシフェル自ら明かそうとしてくれる日が来るまで待っていよう。そう思った矢先、とある団員が行先を知っている、と口にしたのだ。

「ルシフェル様の居場所?ハイハイハーイ!オレ知ってるぞ!」

珈琲牛乳の入ったグラスを手に、四人並んだ片端の席で、グリームニルがカウンター側に身を乗り出すようにして言った。サンダルフォンが続けて問う前に、最近オレがルシフェル様を運んで差し上げてるんだ!と得意げに鼻を鳴らした彼は、聞けばポートブリーズから少し離れた孤島に、毎日ルシフェルを連れて行き、時間が来たら迎えにいくということをしているらしい。

「グリームニル、そのようなことを……せめて天司長や団長様には一言伝えておけばよかったものを」

「うむ。これは少々、配慮に欠けるな。我でも分かる」

「マジないわ……であるな」

「ええーッ!?何だよう!オレが悪いっていうのかーッ!?だってルシフェル様は天司長にちゃんと伝えてきたって言ってたし〜……うう〜ん……ゴメンな?」

言いたいことは二、三あったが、あまりにもグリームニルがしょんぼりとするので、口を突いてでかけた文句をそっと飲み込む。確かに話を聞く限り彼は悪くない。わざわざサンダルフォンに伝えてきた、と嘘をついてまで件の孤島に連れて行って貰うルシフェルの方が悪い。
しかし、とサンダルフォンはしばし思案沈む。あのお方が何の理由もなく嘘を吐くだろうか。ただサンダルフォンを伴わずに出かけたいと言うのであれば止めるだろうが、サンダルフォンだっていくら過保護であれど、理由さえあれば気持ちよく送り出す気概はある。ルシフェルもそれをよくよく理解している筈だ。しかし、サンダルフォンへ話すことを避けているとすると、何か話せない理由の下に、孤島へ通い詰めている可能性がある。

「グリームニル、ルシフェル様には他に何か頼まれたか?」

「エッ?ああ!確か花冠の作り方を教えてくれって言われたぞ?オレ、人の子にいっぱい教えてもらったから得意なんだ!」

は?思いもよらないグリームニルの返答に、サンダルフォンは間の抜けた声を口の端から漏らした。






「やはり、なかなかうまくはいかないな」

小さくため息をついて、小さな手の中の歪な花冠に視線を落とす。最初に小さな嘘をついてこの孤島を訪れた時、グリームニルに作り方を訊ねた。さすが面倒見がよく、子ども達ともよく遊んでいるだけあって、彼の作った花冠は可愛らしく、見ただけで丁寧に美しく編み込まれていることがわかるような代物だった。彼のような物を作れたら、と何度となくここを訪れて、時折吹き荒ぶ風に白銀の毛先を遊ばせてぼうっとしながら、時間の許すかぎり花冠の練習に勤しんでいる。しかし一向に上手くならないのだ。不器用な質では決してない。むしろ器用な方なのだが、どうしても力加減を間違えて途中で編んだ茎が切れてしまったり、花がちぎれてしまったりして、グリームニルのように美しく完成した試しがない。
ルシフェルはふと、花冠に視線を落としたまま苦笑を浮かべた。花冠に意識を奪われている間に一瞬、あれだけ忙しなかった風が完全に凪いだ気配がした。こんな芸当ができる存在など数えるほどしかいない。

「きみにみつかるまえに、きれいなものをよういしたかったのだが」

そう言うと、ルシフェルは肩越しに振り返った。案の定、そこにはほんのりと怒りを浮かべて、仁王立ちになっているサンダルフォンの姿がある。いつかは見つかるとは思っていたが、思いの外早かった。

「ルシフェル様、言って頂けたら俺がお連れしました」

「うん。でもきみにおしえるわけにはいかなかったから、しかたないよ。グリームニルをせめないでやってほしい」

それよりすこし、かがんでくれるかい。膝立ちになって彼に向き直りつつそういうと、束の間不思議そうな顔をしたサンダルフォンがゆっくりと膝を折って目線を合わせる。こちらを見つめる物言いたげな赤い瞳に、にこっと笑みを返してから、ルシフェルは背を伸び上がらせるようにして、手に持った花冠をサンダルフォンの頭に乗せた。次いでルシフェルは、彼の唇のすぐ際に自らのそれを寄せると、地面についた彼の手を握り込んで満足げに目を細める。

「すこしいびつだが、きみによくにあう。ほんとうならばもっときれいにつくれるようになってから、きみをよぼうとおもったのだが」

……もう、本当に心配したんですからね」

「みためのとおり、わたしがこどもらしいあそびをすれば、きみもあんしんするかとおもったのと、あとは……あてつけのようなものだよ」

きみはさいきん、わたしにあまりかまってくれないからね。唇を尖らせながらそう言ったルシフェルに、サンダルフォンは一瞬きょとんとする。しかしすぐに眉尻を下げて愛おしげに微笑むと、ルシフェルの方へ手を出しながら小首を傾げた。

「それは大変、失礼致しました。では、これから俺と日暮れまで散歩でも如何ですか?」

「サンダルフォン、なかみはそのままだといっているだろう。あまりこどもあつかいはしないでほしい」

まろい頰が一際膨らむ。やはり、体の年齢に引きずられやすいのだ。サンダルフォンは、肩を震わせて笑いながら、自らの頭に乗った花冠に指先で触れた。