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香春 蘇葉
2020-09-12 23:20:37
2388文字
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【最愛】
ルシサンワンライ:抑えられない
「特異点、彼らは何をしているのだろうか」
停泊している島の、中心街での買い出し途中、包んでもらった品物を両手で抱え上げたその時に声をかけられて、グランは束の間目をぱちぱちと瞬かせた。声をかけてきたルシフェルの顔を見上げ、彼がじっと視線を向けるその先を捉えたグランは、ああ、とどこか納得したような声をあげる。
「もうすぐこの国の周辺で大規模な魔物の掃討があるらしいんだ。あれは、そこに向かう騎士団の所属団員かな」
昨晩訪れた最高指揮官の屋敷であの鎧を目にした覚えがあるから間違いないだろう。しかし、ルシフェルが騎士団などに興味を向けるとは思わなかった。視線の先では生まれたばかりと思しき子どもを抱いた女性が夫であろう騎士団員と街中で堂々と口づけを交わしている。ああ、無事の帰還を祈っているのだな。そう思ってしみじみと目の前の光景に見入っていると、不意に違う、とルシフェルの短い言葉が耳に飛びこんでくる。
「私が聞きたいのは、何故口づけを交わしているのか、ということだ」
「
……
あれ?もしかしてルシフェルも、あれをご存知ではない?」
「挨拶程度に頬や額に唇を寄せることは知っているが、人の子は挨拶に口づけをするものなのだろうか」
違う違う。グランは慌てて首を横に振った。あれは恋人や夫婦などと言った特別な関係の相手と交わす挨拶だ。ルシフェルの知る口づけと何ら意味は変わっていない。関係性が変わったから、口付けの程度が変わっただけだ。そこまで告げると、ルシフェルはことりと首を横に倒した。また何か考えているな。内心ため息を吐きながら様子を見ていると、不意に彼が無表情をやや柔らかくして、蒼い瞳を嬉しそうに細めた。
「人の子は、特別だと感じる相手ならば、日常的にあのような挨拶をしているということだろうか」
「うん?まぁ、そんな感じかな」
「なるほど。では私も、早速実践してみよう。有意義な情報、感謝する。特異点」
グランから荷物を取り上げて、足取り軽く先を歩き始めたルシフェルの背中を追いかけながら、グランは一抹の不安と、ボタンを掛け違えたような感覚を覚えて、額に冷や汗をにじませた。例えば、二人が同じ気持ちを通い合わせていないと、いくら自分が特別だと感じていたとて、意味がないということだとか、それで挨拶に口づけをすれば、単なる姿形が端正な変質者のようになってしまうだとか。伝えていたかいなかったか思い出せない事柄を並び立てて、グランはそっとため息をついた。まぁ、いいか。ルシフェルが口づけをすると言っても相手は限られている。どうせ、サンダルフォンなのだ。
*
不安は的中し、ボタンのかけ違いは発覚した。グランは目の前に座る真っ赤な顔をしたサンダルフォンを上から下までじっと眺めて、へらりと何かを誤魔化すかのように笑って見せた。
「何を笑っている
……
」
「いや、ルシフェルだって悪気があるわけじゃないんだし」
「ルシフェル様の清らかな唇だぞ
……
!番でもパートナーでもない、ただあのお方の被造物であるだけの俺などが、挨拶の度に受けていいはずがない」
拗らせてるなぁ、だとか、まだくっついていなかったんだ、とか。言いたいことは色々あったが、とりあえず真っ赤になっているところを見ると満更でもないだろう。ルシフェルの色々感情が抑え切れていない口づけを受けていながら、この発言ができるサンダルフォンの鈍感さも鈍感さだが、彼が言わずともわかってくれるとまだ思っていて、口づけだけを交わすルシフェルもルシフェルである。何より、他人を巻き込んでくれるな。
はいはい、それは困ったねぇ、まくし立てるサンダルフォンの声を右から左に流しながら、遠い目で窓の外を眺めながら頬杖をついていると、不意に喫茶室のドアが開く音がした。視線だけでそちらを向けば、丁度ルシフェルが入ってくるところで、彼を目にしたサンダルフォンが半ば反射的に立ち上がって駆け寄っていくのが見える。
「ルシフェル様、どうかされましたか?珈琲をご所望でしょうか」
「いや。今から特異点が出る依頼とは別に、別行動で依頼に出る。故に、君に一言伝えようと探していたのだが」
「そうですか。いってらっしゃい、ルシフェル様。珈琲を淹れて、お帰りをお待ちしていますね」
「うん。いってきます。君も、今日は非番だろう。ゆっくり休むといい」
そう言うと、ルシフェルはそれはそれは甘やかに破顔して、顔を傾けた。もちろん、ルシフェルのそんな顔を、グランは見たことがない。あんな顔ができるんだ。抑え切れないほどの愛情がこれでもか、とばかりに溢れた笑顔を眺めながら、じっと彼らの様子を見守る。
背中しか見えないが、サンダルフォンが体を硬直させたのがわかった。ルシフェルの腕がそんな彼の背中に回って、まるで恋人に対するかのような手つきで抱きしめた。頬杖をついたまま出歯亀に徹していると、目の前の天司二人がしっとりと重ねるだけの口づけを交わす。束の間微かな水音が響いたかと思えば、今度は角度を変えてもう一度。そうして何度となく同じことを繰り返した二人は、十分ほどが経とうかという時になって、ようやく唇を離して、額をすり合わせた。では、私はこれで。喜色と愛おしさと甘やかな笑顔をその場に置いて、ルシフェルが喫茶室を出ていくと、ようやく動けるようになったサンダルフォンが耳まで茹だった顔を夢でも見ているかのように蕩かせて、ふらふらと席まで戻ってきた。
「で?誰がただのルシフェルの被造物だって?」
愛情やら庇護欲やら、性愛やらが一緒くたに混ぜ込まれて、サンダルフォンが愛おしくて堪らないと、抑え切れない感情がこれでもかとにじんでいた。あの顔を見ても、まだ気づかないのだから、全く手のかかる天司達である。
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