香春 蘇葉
2020-09-06 00:21:02
4002文字
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ルシサンワンライ【変装】
現代転生俳優パロ

「頼みがある」

「ヤだね。どうしてオレがキミのオネダリを聞いてやらなきゃならないのさ」

大仰に肩を竦めて、諸手を挙げたベリアルに、ルシフェルはあからさまにむっとして見せる。その表情の変化を見たベリアルは、さも楽しげにせせら笑うと、オレはキミのマネージャーじゃあないからねぇ、と声を低く微かに揺らしながら重ねて言った。

「オレは可愛い弟とファーさんのタスクマネジメントしかしたくないのさ。そんな顔をするなよ」

相変わらず、殊自分に関しては子どもじみた反応をするものだと、ベリアルは内心あきれ返った。これがルシフェルを好いている者であれば、そう例えばベリアルの弟のような者であれば。普段の厳格で、清廉で、落ち着いた大人の男と言ったイメージとのギャップに堕ちて、胸をときめかせたであろうが、生憎とベリアルは前世から関わりのある、この幼馴染が大嫌いである。使いどころが間違っているんだよな。正直、視界に入れるのも勘弁して欲しいとさえ思っているので、視線をわざとらしく逸らしながらルシフェルの言葉を待っていると、ややあって水と氷の入ったグラスを傾ける音がして、次いで机にグラスを丁寧に置く音と共にしかし、とルシフェルが絞り出すような声が聞こえてきた。

「私には、君の他にこのようなことを相談できる相手がいない」

「まぁキミ、友達少ないモンなぁ……仕方ない。可愛い弟の顔を立てて、話だけは聞いてあげようじゃあないか。未来のお義兄サマ」

恐らく、弟絡みのことであろう。そうでなければ、何もかも自分でこなしてしまう彼が、わざわざこちらに頼みなど持ちかけてくるはずがない。
ベリアルはため息をつきながら、心持ち、居住まいを正した。赤い瞳をすっと細くしながら、ルシフェルの話へ静かに耳を傾ける。
まずは弟とルシフェルの同棲生活の近況。これは大半が惚気話であるから、聞き流して構わない。次に自らの仕事の近況。弟のサンダルフォンの仕事は、全てベリアルがスケジュール調整をしている。今をときめくマルチな俳優とは言え、弟の生活の中心はルシフェルである。故に彼のスケジュールを組む時はルシフェルのスケジュールも把握しなければならない。これも、すでにわかり切ったことなので、聞き流す。確か明日から一週間ほど、仕事をひとつも入れずに休むと言っていただろうか。
ベリアルはひたすら、ルシフェルの長い長い前置きを右から左に流して行った。何せほとんどが惚気話なのである。胸糞が悪いったらない。そうして一時間弱ほどの時間が経ち、そろそろ話しているルシフェルを置いて立ち去ろうという考えがにわかに頭を過った時に、ようやく本題の番がやってきた。

「彼に気づかれないように、彼の仕事を見に行きたいのだが」

……ムリでしょ」

話の内容はこうである。ルシフェルは明日から一週間ほど仕事が休みであり、その間特に予定もない。元々サンダルフォンと過ごそうと思い、数ヶ月前から計画していた物だという。しかも驚かそうと、彼に黙って。
そうして、いざ休みのひと月ほど前、彼の予定を訊ねてみれば、昔馴染みのグランの頼みで、急遽新しいゲームのキャラクターモデルをすることになり、ルシフェルの休みであるその一週間、モーションキャプチャーに協力することになっているようで。ルシフェルが把握していたサンダルフォンのスケジュールにはなかった予定によって、あえなくルシフェルの計画は頓挫した。前世で振り回されまくったグランあたりが聞けば、まだ会話が足りてないの?と憤慨しそうな話である。
さて、普通の人であったら、ここで暇を持て余して怠惰極まりない生活を送りそうなものだが、そこはルシフェルである。なんと忽然と空いてしまった一週間、暇を持て余すのでもなく、はたまたひとり、趣味の時間や家事に費やすのでもなく。何とかして最愛の恋人の仕事を目の当たりにしたいと考えのだという。

「サンディはキミがどんな格好をしていたって、一瞬で気がつくと思うんだけど?」

「それは、理解している。一週間、ずっと彼に気付かれずにいることなど、到底不可能だろう。何せ彼は私のこの世で一番のファンだ。それでも私はほんのわずかな時間でいい。彼が仕事をしている姿を見てみたい」

ベリアルがわざと取ってこない、ということもあるが、基本的にサンダルフォンはルシフェルと共演することを望まない。ルシフェルはバラエティには出演しないので、そういった収録で一緒になることはないし、確かに今まで一度も彼らはスタジオで会い見えたことはないのではないだろうか。ということは、だ。ベリアルは一瞬、考える。再会してからこの方、ルシフェルはサンダルフォンのデレデレに溶けた態度と表情しか知らない。つまりは弟の可愛子ぶりっ子している姿しか知らないのだ。これは面白い。仕事中のサンダルフォンの姿を思い出しながら、ベリアルは内心ほくそ笑んだ。素の弟の姿を、ルシフェルが目にしたら何と思うか。

……オーケイ、キミの熱いモノはしっかりと受け取った。ひとまずウィッグとカラーコンタクト、量産品のダサいスーツとヤボったい革靴を用意して、それからファーさんの瓶底眼鏡を拝借しよう。キミは明日一日、オレの代わりとしてサンディのマネージャーになる」 

「声を出せば一度で気づかれてしまうのでは?」

「キミ、この間アニメの声優をしただろう?あの演技には恐れ入った。キミのオネダリに応えて、サンディには言っていないが、あれはまだ気づいていないだろうね」

気付いたら製作会社に殴り込んでるさ。重ねて言われてルシフェルはうなずいた。確かに、アニメが放映されてから、サンダルフォンには一度も言及されたことはない。クレジットにも乗せないで欲しいとたのんでいたのだ。動機は恐らく不純であろうが、彼は彼なりに約束を守ってくれたようである。彼の言う通り、ルシフェルの話し方と対極を成す、あの演技ならば気付くのを遅らせることができるだろうか。納得したように頷けば、ベリアルの瞳が弓形に細くなった。

「では、決まりだ。後でブツをお届けするよ」





「じゃあ今日は終わり。サンダルフォンお疲れ様でした〜!明日もよろしくね。マネージャーさんも、ベリアルによろしく伝えておいてください」

人使いが荒いヤツだ。ため息をつきながら挨拶をして、スタジオを出る。後ろからベリアルの代理だという男がついてくる気配を感じながら控え室に入り、早々に帰り支度を済ませたサンダルフォンは、ひとつ大きく息を吐いて、扉の前で静かに佇む長身を振り返った。高いヒールの音を響かせながら、じっとこちらに顔を向ける男の前まで来ると、背伸びをしてその瓶底眼鏡へと手を伸ばす。微かに、男がたじろぐような様子を見せた。ああ、本当に自分に対しての嘘が下手だな。内心愛おしさでいっぱいになりながら、細い指先で跳ね上げるようにして瓶底眼鏡を取り上げると、その下から黒髪の長い前髪に隠れるようにして、涼やかな目元が現れた。そこに浮かぶキャラメルブラウンの瞳が、サンダルフォンの瞳を見つめて、微かに大きくなる。

「随分と発色がいいカラーコンタクトですね。今度、何処のメーカーか教えて頂いても?」

そう言うや否や、前髪を思い切り引けば、ずるりとその全てがおちてくる。ネットにまとめられたプラチナブロンドの髪が、控え室の白色灯に照らされて眩いほど輝いていた。あっという間に全てを暴かれて、バツが悪そうに眉を下げた彼に、サンダルフォンは悪戯っぽく笑いかける。

「ルシフェルさま、言ってくだされば俺もグランも、喜んでご案内したんですが」

……それだと、本来の君の仕事風景を見ることができないだろう」

……貴方に隠している姿が、俺にはまだある、と?」

「私は、君が他の者に見せている姿も、全て自分の目に焼き付けたい。私の知らない君がいることに……ほんの少し、憤りを感じる」

丁度一週間暇ができたから、と続けられた言葉に、束の間サンダルフォンの唇がむっと尖る。怒ったような表情のまま、ルシフェルの体に寄りかかるようにして身を伸ばすと、彼は勢いよくルシフェルの頭からネットを抜き取り、雪崩のように落ちてきたプラチナブロンドを手早く整えて、深々とため息をついた。

「サンダルフォン、」

機嫌を損ねる前に弁明を。そんなルシフェルの口は、彼の名前を戸惑い半分で呼んだところで押し付けられた唇によって、封じ込まれた。束の間むにむにと唇同士を合わせるだけ合わせてから離れて行ったサンダルフォンは、男前に戻りましたね、と淡く微笑んで、いつもなら絶対にルシフェルが身につけることはない安物スーツの袖を控えめに引く。

「貴方に言わずにグランからの仕事を入れてしまってすみません。でも貴方だって悪いんですからね」

「うん。今度からは気をつけよう。すまなかった」

……あ〜あ……ルシフェルさまと一週間ゆっくりしたかった……

「その代わりと言ってはなんだが、君をこれから食事に誘っても?」

そっと指を握り込んだルシフェルが、嬉しそうに笑いながら言う。何となくその背後に大きく振られた尻尾が見える気がして、サンダルフォンはひとつ咳払いした。

「外にはマスコミがいるそうですよ」

「構わない。むしろ見せつけよう」

……本格的に変装の意味がないじゃないですか」

呆れ半分にサンダルフォンがそう言うと、束の間ルシフェルがきょとんとした顔をする。次いで彼はどこか意味深な笑みを浮かべると、身を屈めてサンダルフォンの頬へ、そっと唇を押し付けた。

「君が私に気づかない時間が、ほんの少しあればよかったんだ。サンダルフォン……君が、私を見つけられないわけがないからね」