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香春 蘇葉
2020-09-01 08:58:06
1678文字
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【波の音】
シオサン。夏の終わりの話
「キミは馬鹿なのか賢いのか時々わからなくなるな」
ため息まじりに腕を組んでそう言うと、見下ろした先でパラソルの陰にぐったりと横たわっていたルシオが弱々しい声でサンちゃん、と名前を口にした。珍しく開け広げられた額は水で濡らされた厚手の布で覆われていて、こちらを視界の端で捉えるその目元は、熱からか赤く染まっている。サンダルフォンはやれやれと言った体で首を横に振りながらため息をもうひとつこぼすと、彼が横たわっているパラソルのそばまで寄って行って、すとんとしゃがみ込んだ。
「らしくもない。油断でもしていたのか?この程度の暑さでやられるタマでもないだろうに」
「少しはしゃぎすぎて、皆さんと同程度の強度にまで落としてしまいまして」
いつもの感覚で水分も取らず、海で泳ぎ、砂浜で走り回った。その結果がこれだと言う。油断してしまいましたね。眉尻を下げて困ったように笑うものの、一度も身を起こそうとしないところを見ると、どうやら本当に参ってしまっているらしい。サンダルフォン呆れたように目を眇めながら、彼の隣にすっかり腰を下ろしてしまうと、自前の鳶色をした羽を顕現させて、ルシオの方を見ないように頬杖をつき、明後日の方向を眺めながら、羽をゆっくりとそよがせた。羽に煽られた空気と微かなエーテルがふわりと舞い上がり、周囲よりやや温度の低い風がルシオの体を包み込む。そうと気がついた彼はぱちりと目を丸くすると、ついでそれはそれは嬉しそうに微笑んで、まだわずかに力の入らない、体温の高い指先を、砂の上についたサンダルフォンの手へと這わせた。指と指同士を軽く絡み合わせると、気づいたサンダルフォンの体が軽く跳ねる。
「
……
そこまでは許していないぞ」
「体が弱っていると、人肌が恋しくなるものですよ。サンちゃん」
「嘘をつけ。熱で倒れた奴が人肌など恋しくなるものか。下心があるなら、今のうちにやめておけ」
病人に跨るほど、俺は節操がない奴でいたつもりはないぞ。逆光のせいで暗く陰って見える彼の耳が、ほんのりと朱に染まっていた。そんなつもりではありませんよ。のんびりと返しながら、ルシオは絡めた指から順にサンダルフォンの手を握り込み、やわやわと揉むようにして触れた。
「サンちゃん。夏の暑気にあてられた時は、涼しいところでお昼寝をするといいらしいですよ」
「何が言いたいのかわからんが、眠るなら一人で眠れ」
「そうつれないことを言わないでください。このパラソルの下ならば、きっと心地良く眠れると思いますよ」
不意にサンダルフォンの羽が舞いあげたものとは別のところから、涼やかな空気が微かにパラソルの下に入りこんできた。驚いたサンダルフォンが振り返れば、最初に見たときよりも幾分か体調が回復したらしく、額を覆う厚手の布地を抑えながら、ルシオが上体を起こしている。
「
……
なんだ、もう回復したのか。もうしばらく弱っていれば、まだ可愛げがあっただろうに」
「またまた。私のことを心配して、わざわざ団長との作業を中断してまで、来てくれたのでしょう?」
でしたらもう少しだけ、付き合ってください。サンちゃんも朝から体を動かしていて、疲れているでしょうから。重ねるようにそう言われて、ルシオの方に引っ張られたので、観念して大人しくされるがままに後方へ倒れる。後頭部を支えた素肌の胸板は、常よりほんの僅かに体温が高くて、彼がいまだ、万全ではないことを知った。
「キミ、まだ熱いぞ」
「ええ。さすがに自ら選んで耐性を下げたので、回復しきれなくて」
「
……
仕方ないからしばらくこうしていてやる」
本当ですか?後頭部を伝って、にわかに華やいだ声が響く。本当だから、少し眠れ。体の向きを変えて、頬をルシオの胸板にぺたりとくっつけるようにして身を寄せながら、日差しを更に遮るように羽をそっと立てる。目を閉じれば遠くからの波の音と、素肌の熱、鼓動の音がどこか心地よい。夏ももうすぐ終わろうとしている。一度くらい、素直になったところで、バチは当たるまい。
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