香春 蘇葉
2020-08-29 08:44:50
3364文字
Public
 

【二人の休日】

シオサン♀。サンちゃんが女の子にモテモテのルシオを見て嫉妬しちゃうお話

どこから来たんですかぁ?甘ったるく囁いて、どこかあどけない表情をした女が擦り寄る。よかったらアタシ達と遊びませんか?それはそれは弾んだ声音で全体的にグラマラスな体型をした女が彼の腕に婀娜っぽく体を絡めた。目の前に自分という女がいても、平気でこうなってしまうのだ。面白くない、とただ感じた。こんな状況でも、彼は直前まで同行していた自分に、何の罪悪感のようなものも見せず、どこまでいってもいつも通りなのだ。そうと感じるといても立ってもいられずに、サンダルフォンは両側どころか前後までも水着の女性に囲まれた彼の手を引ったくった。朝からじっとしているだけで汗が滲み出すような、そんな暑気がほんのわずか和らいだ、夕方のことだった。

話は今朝に遡る。今日はもう喫茶店の出店もやらないんでしょ。だったら遊んできたら、と自分のことを棚に上げてそう笑った団長の言葉を飲んで、サンダルフォンは久方ぶりに全日休みとなった。しかし、団全体で取っていた休暇期間も最終日に差し掛かり、最初の頃は滞在していた者達も国に帰ったり、はたまた艇で明日からの依頼の準備に勤しんだり。とにかく目のつくところに、共に休みの一日を過ごせそうな、手頃な団員仲間が見つからなかった。サンダルフォン自身、前ほどではないとは言え、なかなか歩み寄りがうまくいかず、屈託なく遊びに誘える相手は少ない。その少ない相手も、皆国に帰ってしまったというのだから、尚更サンダルフォンは休日の過ごし方に困ってしまった。しかし、団長からは絶対に遊んで来いと言われている。滞在先のホテルに戻って部屋で一日過ごすことも、できそうになかった。
ならばビーチにでも出て、パラソルの下、アイス珈琲を楽しみながら一人読書にでも勤しむか。殊遊ぶ、ということにおいて知識も興味も浅く、なおかつそれを正してくれる相手もいない。そんなサンダルフォンが本を片手に、ため息混じりでビーチへと出ようとしたその時、そいつはひどくのんびりとした声でサンダルフォンに声をかけたのだ。

「サンちゃん、今日はお休みだと聞きました。女性ひとり、ビーチにいては何かと危ないもの。私でよろしければ、お供しますが」

どうですか?かけていたサングラスを少しずらし、その上端から蒼い瞳を覗かせてウインクをしてきたそいつの言葉を、サンダルフォンは一瞬、飲むことができなかった。しかしすぐに、このバカンス期間の始め、頭の軽そうな男達に囲まれ、遊ぼうとしつこく誘われて辟易していた自分を、彼が助け出してくれたことを思い出すと、サンダルフォンは若干の苦手意識を持ちつつ彼の手を取った。背は腹に替えられない。何より先の出来事により、彼の真意を知ることができたので、サンダルフォン自身の中にも彼に歩み寄ろうという意思が芽生えていたのだ。こうして、ひょっこりと現れて休みを過ごす相手として立候補してきた彼と、ビーチで一日二人きりで遊ぶこととなったのである。友達ってそういうものだよ。団長が笑ってそう言っていたことを、思い出したのも大きかった。
しかし、いざビーチに出てみると、サングラスをかけて申し訳程度に顔を隠しているにもかかわらず、彼にはひっきりなしに女性からの声がかかってくる。はぐれないように手を繋いでいましょうね。そう言ってぴったりとくっつくようにしてそばにいたサンダルフォンを放って、彼は声をかけてくる女性に丁寧な対応をしていく。
それは確かに、いつも通りの彼であるはずなのに、サンダルフォンはどこか面白くなかった。一日自分を中心に動いてくれるとばかり思っていた彼が、そう簡単にはいかなかったことが原因かもしれない。はたまた友達になろうと言っていた割には、自分にその目がなかなか向かなかったことが原因であるやも。とにかく形容しがたい謎の消化不良感に苛まれて、しっかりと繋いだ手を、そこから伸びる腕を、自らの豊満な胸に抱き込むようにして、サンダルフォンは彼に身を寄せた。それに気がついた彼は束の間不思議そうな顔をした後に、すぐにサンダルフォンの言わんとすることに気がついたようで、ああすみません、と困ったように笑いながら彼女を連れて人垣から抜け出した。

「サンちゃん、そのように身を寄せられては、歩きにくいですよ」

「ふん。キミがすぐに女共に捕まるのが悪いんだろう。黙ってこうされておけ、ルシオ」

それからは、どこかに繰り出す度に、女性に囲まれたルシオに身を寄せ、牽制を繰り返す。そんな時間が続いた。別段、行きたかったところには行けたし、やりたかったことはできた。しかし少し目を離すとすぐに彼が女性に取り囲まれる様を目にする度に、サンダルフォンの心は重くなっていく。理由はわからないが、とにかく不快なそれに、サンダルフォンの苛立ちは募っていった。
そうして時刻は夕方に差し掛かり、過ごし方に困っていた一日が終わりに差し掛かった頃、再び女性に囲まれてしまったルシオの姿を前にして、ついにサンダルフォンの鬱憤は爆発した。彼の手をひったくり、有無を言わさず女性の輪の中から彼を連れ出す。彼自身も、ここまで強制的に連れ出されるとは思っていなかったらしく、一方的に手を引っ張って歩くサンダルフォンの背にも、その戸惑いが伝わってきた。

「サンちゃん、どうしたのですか。気分でもわるくなりましたか」

「違う。違うから、少し黙っていてくれ」

苛立ち混じりにそう言うと、なにかを察したようで、彼は以降一言も口にせずにただサンダルフォンに引っ張られるままについて来てくれた。恐らく彼がこんなに大人しくついてきてくれるのも、何も相手がサンダルフォンだからではない。仮に休みを過ごす相手が、あの女性の中のひとりだったとしても、彼はこうしていただろう。それがわかるから、サンダルフォンの胸はつきりと痛んだ。
正体不明の衝動を振り切るようにして、ルシオの手を引き、脇目も振らず、ずんずんとビーチの端まで歩いていくと、人の気配がない岩場に辿りつく。そこで、彼の手をパッと離したサンダルフォンは、自らより遥かに大きな体に向き直ると、睨みあげるようにしてどこか戸惑ったような彼のかんばせを見上げた。文句ありげに自分を見上げる赤い瞳に、ルシオも一瞬、怯んだような様子を見せる。

「サンちゃ、」

どうしたんですか。そう言おうとした彼の口は、不意に腹に押し当てられた柔らかな感触によって封じ込まれた。へ、と彼にしては間抜けな声を漏らしたルシオは、視線を自らの胴体に向ける。胸板はサンダルフォンの柔らかな鳶色の毛に擽られ、ぴたりとくっついた彼女の豊満な胸が、腹に押し付けられて形を変えている。有り体に言えば、抱きつかれている状態であった。急な彼女の行動にさすがのルシオも、咄嗟に抱き返すこともはたまた引き剥がすこともできずに、行き場を失った両の掌が宙を惑う。

「サンちゃん?」

「キミ、お供すると言った割には少々こちらを放っておきすぎではないか?」

ぎゅむぎゅむ。容赦ない力で抱きつかれて、その度に彼女の胸の感触が伝わってきて、ルシオの全身に理由のわからない電撃のような感覚が走る。

「サンちゃん、あの、」

「少し生意気だな……ああ、生意気だ。供をすると言うのであれば、キミはこちらだけを見ていればいいのでは?」

不意にサンダルフォンがその重たい前髪越しにルシオをじっと赤い瞳で見上げた。その物言いたげな瞳と視線がかち合った瞬間に、ルシオはひとつ、息を飲む。返事は?と憎々しげに言われて苦し紛れにはい、と答えると、満足げにうなずいた彼女の体が離れていき、ひとまず息苦しさと全身を走る電撃のような感覚からは解放された。

「ほら、手をつなぐんだろう?」

鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌さで彼女が手を差し伸べてくる。いまだに理由がわからない衝動に内心混乱しながら、ルシオはその小さな掌に己のそれを重ねた。ぎゅうと握り込まれて、再び彼女が先導するようにして歩き始める。幾分か下の方にある彼女のつむじを眺めながら、ひとつ首を傾げたルシオは、元の通りに腕を引っ張られながら、自らの胸を騒がす衝動を逃さんとするように、サンダルフォンの手を握る力を強くした。