中庭で過ごしていた頃は、ルシフェルには弱点などなく、完全無欠なのだと、心の底から信じていた。しかし蓋を開けてみるとそういうわけでもなく、むしろ彼が気を抜いている時は、うかうか目を離していられないほどに危なっかしい。そこが愛すべき点だと言ってしまえばそこまでなのだが、さすがに肝が冷える場面を何度も目にすると、そうも言っていられないのである。
さて、何故こんな話をしているのか。話は一週間前に遡る。ルシフェルが再顕現を果たしてしばらく経った頃、二人の念願叶い、恋仲となった。元々の距離感の近さや、仲睦まじさも相まって、そこからはとんとん拍子に関係を育んでいき。初めての朝もすんなりと迎えて、以後もお互い求め合う夜を重ねて、もう何も怖いものはない。そんなある日のことであった。
多少の危なっかしさはあるものの、ルシフェルに身体的な弱点はない。そう思っていたサンダルフォンの認識に転機が訪れたのだ。それは情事の後、カーテンのない円窓から差し込む月明かりの中で、火照った体を寄り添わせて、互いの体温の中に揺蕩うている時であった。ルシフェルの体にしがみつくようにして、その逞しい背中に腕を回していたサンダルフォンは、甘えるようにその指先で彼の肩甲骨の下をするりと撫でた。その、瞬間。サンダルフォンが腕を絡めていた体が一度びくんと大きく跳ねたのだ。その後束の間、サンダルフォンは自らの腕の囲うその中で起きた出来事を飲み込めなかった。何せあのルシフェルである。戯れにくすぐられようが、情事のさなかに指先で柔くなぞられようが、一度たりとも先程のような反応は見せなかったというのに。今ときたら指先で肩甲骨の下を撫でられるだけで、くすぐったそうにはたまた何かしらの刺激を受け止めたかのように体を跳ねさせるのだ。確かに今まで、常ならば羽で見えぬその箇所に、わざわざ羽をかき分けてまで触れようとはしなかったし、ましてや情事の時に肩甲骨の下という極めて限定的な箇所を擽るような、そんな余裕があるわけがない。あったとしても、ルシフェルの反応を見る前にサンダルフォンの方が快楽に溺れて正気を保てなくなっている。と、いうことは、今までサンダルフォンが気づかなかっただけで、ルシフェルの小さな弱点はずっと背中に存在し続けていたということだ。
そうと気がついたサンダルフォンは、ルシフェルの胸板にうずめていた顔をにやりと悪戯っぽく笑ませると、もう一度確かめるようにして、ルシフェルの肩甲骨の下を触れるか否かの繊細な力加減で撫でて、してやったりとばかりにその赤い瞳で弧を描きながら上目に彼の顔を見やった。
「……サンダルフォン、申し訳ないのだが、っ!?」
「ふふ、ふふふ……何か仰いましたか?」
「サンダルフォン、そこは……ん、」
触れるたびに、撫でさする度に。ルシフェルの体は刺激を受け止めて跳ねる。それが快楽なのか、はたまたくすぐったさなのかサンダルフォンは知らない。しかし、いつも自分ばかりが翻弄されてばかりなのだから、こういった時くらいは意趣返しに興じてもバチは当たらないだろう。時折溢れる、ルシフェルの声音に、上機嫌に奏でる鼻歌を跳ねさせながら、サンダルフォンはひたすらルシフェルの体に身を寄せてその背中を撫でさすり始めた。始めは体と共に跳ねるだけだった呼吸も、徐々に重く、熱を孕み出す。
「サンダルフォン……っ、私が何かをしたのならば、謝ろう。だからこれ以上は……」
「ルシフェル様なんだか可愛らしいですね……ふふ、もう少し触っていていいですか?」
頬を上気させて、微かに身を捩るルシフェルのその表情に、むくむくと湧き上がる悪戯心に任せる。それ以上は、という言葉を無視して、触れ続けると、いつの間にやらサンダルフォンが彼の足の間に割り込ませていた太ももに、何か硬いものが当たるようになっていた。否、何か、など白々しい言い方をするものでもない。確かにそれは、ルシフェルが背中の刺激を快楽として受け取ったというその証左で、もっというならば〝ソコ 〟に欲が溜まり続けると、物理的にそれをぶつけられるのは……。
そうと気がついた瞬間、サンダルフォンは青い顔になって、ぱっとルシフェルから両腕を離した。先程まで体力の限界まで彼の欲に付き合っていたのだから、これ以上の行為は回復が追いつかなくなる。
「サンダルフォン、私は先程、やめてほしいと君にお願いをしたね」
低く、情欲を孕んだ声が耳朶を打つ。しまった、と顔を歪め、ベッドから抜け出そうとするも、時既に遅く。サンダルフォンをゆらりと月明かりが生み出す影が覆った。その影の正体へ、恐る恐るといった体で視線を向ければ、月の逆光の中でまるでそれ自体がほの白い光を放っているかのような蒼い瞳が、常の色のほとんどを更に濃い蒼で染めている。いわゆる瞳孔が開いている状態。更に先程のサンダルフォンの逆襲により首元まで薄桃に染まり、いつも見上げるどこか余裕そうなルシフェルと比べると、更に扇情的に見えた。ルシフェル様、と名前を呼ぶ声ごと、唇に噛み付かれて押さえ込まれる。そうして一頻り貪ったあとに、上体を起こしたルシフェルは、キスのみで蕩かされたサンダルフォンを見下ろして、うっそりと目を眇めた。
「私を煽るなんて、悪い子だね」
ちろり。赤い舌が逆光の中、やけに艶かしく唾液で光る。もしかして、弱点だと思って触れていたが、彼にとっては欲を煽るスイッチのようなものだったのだろうか。
そうして明け方。散々抱き潰された後、満身創痍のサンダルフォンが、結局くすぐったかったんですか?と息も絶え絶えに訊ねると、ルシフェルは小さく首を傾げて微笑むばかりで、何も言わなかった。
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