香春 蘇葉
2020-08-08 23:55:45
3021文字
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【はじめての。】

ルシサンワンライ:夏祭り/浴衣

バタバタと足元をすり抜けていく足音を追って、ルシフェルは目を瞬かせながらそっと視線を巡らせた。色とりどりの模様が描かれた布地に、ふわふわと揺れる淡い色の布地。グランサイファーには親についてくるようにして団に加わっている子どもたちも多くいる。そのうちの誰かだろうが、それにしても遠ざかっていく姿を包む布地が、荒事に巻き込まれやすい騎空士としては、やや心もとない。

「お!あいつらもキメてるな〜!!」

食堂を出てからこちら、向かう先が一緒だったようで、ずっと隣を歩いていたヴェインが弾んだ声音でそう言った。キメている?小さな声で彼の言葉を繰り返せば、あ!そっか、とヴェインはうんうんと頷きながら、大仰に腕を組んだ。

「ルシフェルさんは初めてでしたね」

「初めて……?何か、催事でもあるのだろうか」

「毎年この騎空団、今停泊してる島の一番でっかい村でやってる祭りに遊びに行くんです」

シェロカルテ経由でひと部屋いっぱいにユカタヴィラを用意して、希望者には着付けをして。そうして、立ち並ぶ出店を見て回ったり、踊りに興じたり、光華を見て楽しむ。苦しくも楽しくもある騎空士としての旅には一息をつき子どものように楽しめる行事が大切だ。ある時年相応にはしゃぎながらそう言い出した、グラン、ジータの両名によって提案され、以降毎年の定番となったイベントである。

「オレも今からランちゃんと自分の分受け取りに着付けしてる部屋にいくんですけど、よかったらルシフェルさんもどうですか?サンダルフォンと選んでもいいですし」

あ!ここですここ。ヴェインにつられて廊下を歩いていたら、いつの間にやら彼の目的地までたどり着いていたらしい。部屋の戸を手の甲でコンコンと叩きながら、人好きのする笑顔を浮かべたヴェインに、ルシフェルは軽く頷いてみせる。この後、サンダルフォンが部屋に戻ってくるまで特に用事もないので、彼の言う通り部屋を覗いてみるのもいいだろう。何より話を聞いているうちに、好奇心が刺激されてしまったのだ。

「それじゃ、決まりですね!団長?入るぞ〜?ってウワッ!?」

上機嫌のヴェインが部屋の戸を開けようとした瞬間だった。彼がドアノブに手をかける直前に、まるで内側から体当たりしたかのような勢いで戸が開け放たれて、中から転がるように人影が飛び出してくる。それはそのまま、警戒しきった様子で部屋の中に向き直ると、半ば叫ぶようにして声を張り上げた。

「ジータ!グラン!いい加減にしろ!!俺には必要ないと言っているだろう!!」

「も〜サンダルフォン水着着ようとしなかった時とおんなじこと言ってる〜……あ。ルシフェル来てたの?」

「ッ、ルシフェル様!?」

逃げ出したサンダルフォンを追いかけようとしたのか、ひょこりと顔を出したジータがルシフェルを見つけてそう言った瞬間に、反射のような速さでこちらを見上げたサンダルフォンが、顔を青くする。飛び出してきた彼の姿をまじまじと観察していれば、彼らに無理やりユカタヴィラの着付けをされていたようで、暴れたせいか襟元が乱れて素肌の肩があらわになっていた。サンダルフォン。溜息混じりに彼の名を呼んで、そっと膝をついたルシフェルは、床に座り込んだサンダルフォンの襟元を直してやりながら、それはそれは真剣な顔で言う。

「サンダルフォン、今日の祭りは私も共に向かおう。私のユカタヴィラを君に選んで欲しい。そして、君のユカタヴィラを身につけた姿を、私も見てみたい」

いいだろうか。しゅんとしながら重ねて乞えば、サンダルフォンが一度グッと奥歯を噛みながら、顔を仰け反らせる。しかしややあって、彼は観念したように瞑目すると、ルシフェルが差し出した手を取りながら、床から立ち上がった。
かくして、ジータとグランがいくら説得しようとユカタヴィラを着ようとしなかったサンダルフォンが、ルシフェルの鶴の一声であっさり着る決心をして、祭りに赴くことと相なった。赴いたはいいのだが。

サンダルフォンはルリアの頬についた綿飴をそっと指ですくってやっているルシフェルの姿を見て眉間の皺を深くした。出かけてからこちら、常にグラン達と一緒にいるので、ユカタヴィラ姿のルシフェルの隣にずっとついているのも難しい。自分のユカタヴィラ姿を見たいと言った割には、ルシフェルの視線は好奇心と共に出店へ向けられるばかりで、一向にこちらに向かないのだ。別段、あまり二人きりになれないのは今に始まったことではないし、ルシフェルの好奇心だって通常運転である。ならば何故、こんなにもどこか消化不良に似た感情が心を満たすのか。

「サンダルフォンさーん!踊りが始まるみたいです!一緒に見に行きましょう!」

ふわふわで、可愛くて。少女らしい笑顔を浮かべてルリアが手を振る。ああ、今行く。すでに歩き出している彼らの背を追って、サンダルフォンが履く下駄がからんとひとつ音を立てたその瞬間。いきなり横から手が伸びてきて、彼の手首を柔く掴む。驚いて手が伸びてきた先を振り仰げば、ルシフェルが淡く微笑みながら、人差し指を唇の前で立てていた。息を呑んで小さく頷くと、満足げに蒼い目を眇めたルシフェルが、グラン達が向かった先とは反対の方向へと、サンダルフォンの手を引いて歩き出す。どこに行くんですか。何をしようとしているんですか。聞きたいことが歯の根くすぐったが、結局屋台の柔らかい光に照らされたルシフェルの背中を見つめると、何一つ口にできなかった。そうしてすれ違う人も少なくなり、屋台のあかりが遠く見える場所にまで出てきた頃、ようやくルシフェルは下駄をひとつ鳴らして足を止めると、サンダルフォンの方へと向き直る。

「ルシフェル様?」

「君となかなか二人きりになれないから、気が急いでしまった。特異点達と共に行きたかっただろうが、許して欲しい」

手をゆるく絡めながら、上体をかがめたルシフェルに、そっと唇をはまれる。浅く重ねるだけのキスのあとに、彼は額をすり合わせながら、上目でサンダルフォンと視線を合わせると、はにかんだようにまなこを和ませた。

「思った通り、ユカタヴィラを纏った君は、凛としていて美しいね」

……貴方も、よく似合っていらっしゃいますよ。少し、直視できないほどです」

「ふふ……さて、これで念願は叶い、私達は二人きりだ。この先には光華がよく見える高台があるという。そこまで、私とデートというものをして貰ってもいいだろうか」

私はデートというものも、君としてみたかった。重ねてそう言われたサンダルフォンは、束の間目をぱちぱちと瞬かせた。しかしこちらを見るルシフェルの顔が、あまりにも不安そうだったので、ついつい噴き出して、一頻り笑うと、彼は目元に滲んだ涙を拭いながらルシフェルの手を握り返し、その腕に頭をすり寄せた。

「俺たちの初デートですね」

「そうだね。……ふふ、もしかすると、私は君を帰したくなくなってしまうかもしれない」

何せ君と二人きりになれるのは、久しぶりだから。さらりと続けたルシフェルが、月の薄明かりの下でどこか困ったように微笑む。それでもいいですよ。そう返しながら。誰もいない石畳の道で二人して並んで下駄を鳴らす。遠くの方で踊りが始まったのか、あまり聞きなれない笛の音が静寂に染み渡るように響いていた。