香春 蘇葉
2020-07-27 02:32:06
2467文字
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【手のかかる子ほど】

研究所時代のベリファー。ファーさんの関心が自分にだけ向いていて欲しいべリアル。

……お前は、どうしてルシフェルのように俺の言うことを聞かん」

眉間に指を押し当てて、深々とため息。そんなルシファーを前にしてひとりの天司はにっこりと微笑むとファーさんがそう創ったんじゃないか、と今にも歌い出しそうな声で言う。ルシフェルの次にルシファーの手によって創られた天司、ベリアルである。創られてから百年足らずだが、その内ルシフェルが創造主の思う通りの立ち振る舞いを見せたのに対して、このベリアルは自立思考と戦闘能力以外はただの一度もルシファーの思い通りに動いたことはない。何もかも、自らの思考の下動いては、好き勝手している。結果としてルシファーが望む成果を持ってくるものの、日々ルシファーの元には被造物ひとつ満足に制御できないのかという苦情が殺到してきている。都度揉み消してはいるが、評議会の元まで話が届くのも、時間の問題であった。

「俺が創ったのは狡智を司る天司であって、悪知恵を働かせて歪んだ解釈による工程を踏み、その果てでようやく結果を持ってくるような未熟者ではない」

「未熟?俺が?それは何と比べて?まさか君の最高傑作と、なんて言わないよなぁ?オトウサマ?」

ああ言えばこう言う。これ以上の会話は無意味と判断したルシファーは、小さく舌打ちをすると、机の上から大量の紙束を掴み取り、半ば投げつけるようにしてベリアルへと放った。なんとか全てを取りこぼさずに受け取ったベリアルを確認すると、ルシファーは緩慢に腕を組んで盛大に鼻を鳴らす。

「お前が破壊した硬化途中の天司が、仮に完成していた場合の有用性を複数視点から100枚でまとめろ。形式は問わん。俺の資料はいくらでも読め。ただし俺がいいと言うまでこの部屋から出るな」

「その間ファーさんは?」

「俺は今から評議会のヤツらと話をしてくる。俺が所長職に就く件で納得していないヤツがいるようでな。行って、直接納得させる」

ふぅん、気のない返事をしたベリアルが、紙束を抱えて窓際のソファに腰掛けた。その様を、部屋を出る間際の肩越しで確認したルシファーは、そっとひとつため息をつきながら、己の部屋を後にした。



「更に詳しくお話を伺いたいので、是非とも別室で」

そっと差し出された手を見下ろして、ルシファーはずっと堪えていたシワを、ようやく眉間へと刻んだ。つまらない話を延々とされていた割には、結末までもがつまらない。それはそうか、とルシファーは腸詰のように肥え太った男の指を見つめたまま、そっと心のうちでため息を吐く。評議会の連中は長くその座にいる者も少なくはないため、自ら研究することを辞めた者や、現状の座に満足して、思考すら砂糖漬けのように甘ったるく転じてしまった者もいる。こいつも、座に甘んじて堕落してしまった者の一人らしい。何せ、遠回しに自分と寝ろ、と言っているのだ。そうすれば話をスムーズに通してやる、と。正直所長の名は欲しくも何ともない。ただ、これから進める研究の規模を考えると、一介の研究員では届きにくいところもあるだろうと、打診が来た瞬間に話を受けた。無駄な労力を負うことなく、話を進めるには、ここらで腹を見せておく方がいいだろうか。断るにも、無駄に位が高いせいで今後の活動に影響が出かねない。
ルシファーはそっと手を持ち上げて、男を見上げると口元だけで笑みを浮かべた。そのまま持ち上げた手を、差し出された掌へ静かに重ねる。そろそろ手のかかる駄々子が飽きて、言いつけを破り、部屋から飛び出して来る頃だろう。だとしたら。

「ねぇ、ファーさん。コイツはキミの愛人かい?オレを置いてオトコ遊びなんて……ウフ、キミもなかなかスミにおけないねェ」

男がルシファーの手を引いて、自らの腕に収めようとしたその瞬間に、それを引き止めるようにして痩身を抱き込む腕が飛び出してきた。タイミングとしては、少し遅かったな。握り込まれた手から伝わってくる湿度と、ほんの少しのねばりけに、嫌悪感を抱きながらそう思っていると、不意にルシファーの体を抱き込んだ腕の、その片方が男の手に伸びて、瞬間的に火花のような魔力が指先で爆発する。いた、と反射的に緩んだ男の手から、ひったくるようにルシファーの手を回収すると、強い力で抱きしめながら、ソレが赤い瞳で男を睨んだ。

……被造物が粗相をして申し訳ない。何せまだ親離れできていないもので。これ以上貴殿に危害を加えないようよく言って聞かせるので、今日の所は失礼しても?」

あ、ああ。呆気に取られた様子で男が頷くのを確認すると、ルシファーは自分を抱き込む腕を軽く叩いて、ほらいくぞ、と軽い調子で促す。渋々と言ったていで半ばルシファーを抱きかかえるようにして大きな体が踵を返し、歩き出す。そうして廊下の角を曲がり、評議会の男が見えなくなった瞬間に、大きなため息をつきながら、ルシファーよりよほど大きな体がしょぼくれたように歩みを止めた。

「おい、ベリアル。俺はまだ部屋から出て良いとは言っていないぞ」

「オレがいなかったらあの汚いおっさんに抱かれてたくせに……

「さてな。対処としてはいくつかあったが、お前が来ないパターンの方が少なかった。何せ俺の言うことを頑なに聞かないことで、ルシフェルから自分に関心を向けさせようとするような、子どもじみた獣だからな」

は?と。間抜けな声がベリアルの口から出た瞬間に腕の力が緩む。その隙を突いて床に着地したルシファーは、硬直したままのベリアルを置いて何事もなかったようにスタスタと進んでいく。その背が角を曲がり、視界から消えるその寸前にはっと我に返ったベリアルは、慌ててルシファーの背中を小走りに追いかけた。

「ファーさん、そう言うのは……わかってても、言わないもんだぜ……?」

真っ赤な顔でそう言って、至極どうでも良さそうな顔をしたルシファーに、知らんと本で強か叩かれたその日から、ベリアルは以前より少しだけ、ルシファーの言うことを聞くようになったと言う。