明かり取りの窓から柔らかに差し込む朝日が瞼を柔らかに擽って、サンダルフォンは眠りの海からそっと浮上した。寝起き特有のまだ気怠い瞼を押し上げて、ぼやける視界を叱咤するように何度か目を瞬かせたところで、ようやくはっきりとし出した朝の風景の輪郭の中に、投げ出された大きな掌が映る。その手が誰のものか。寝ぼけた頭では一瞬理解が及ばずに、サンダルフォンは内心首を傾げた。
のんびりと昨晩の記憶を辿る。昨晩、紆余曲折あって、恋人とのわだかまりも溶け、互いがいなくなる可能性にこんなにも恐怖するならば、お互い相手のためと身を引く真似はやめて、ずっと一緒にいようと小指を絡め、ベッドでむつみ合い、額を合わせて笑い合って。そこまで思い出したところで、ようやくサンダルフォンは自らが置かれた状況を思い出した。お互いに発情もしていないのに、熱を交わし合い、疲れ果てるまで体を重ねて、そうしてサンダルフォンのうなじには、あの人の番であるという証がついた。
自分を抱き込むその腕をなるべく動かさないように苦心しながら頸に手を伸ばせば、熱を持ったそこに、意識を凝らした指先で触れてやっとわかる程度の歯形があるのがわかった。夢では、ない。にわかに全身を満たした実感に、くすぐったさを感じて、声を潜め、くすくすと笑う。
そうして一頻り小刻みに体を揺らしていると、不意に投げ出された掌がゆっくりと近づいてきて、首の下にある腕がしっかりとサンダルフォンの体を抱き込んだ。次いで頸に鼻先を押し当てられる感覚がして、思わず素っ頓狂な声と共に、一際大きな笑い声が喉から押し出される。慌てて視線だけで振り返れば、烟るような銀のまつ毛越しに蒼い瞳と視線がかち合った。
「おはよう。起き抜けから、何か君の興味を惹くものがあったのだろうか」
「んっ……ふふ、おはようございます。昨晩の事を思い出して、嬉しくなってしまって」
擦り寄ってくる頭に後頭部を預ければ、抱きこまれたそのままの状態でやわやわと手を握られる。重みが肩にかかり、彼からにわかに二度寝の気配がしてきたので、サンダルフォンはそっと握られた手を解いて、抱き込む腕を潜るようにして体を離すと、裸体を惜しげなくベッドの外に押し出した。
「ルシフェルさん、遅刻しますよ」
「うん。では起きよう。あまり寝汚くては、君に愛想を尽かされてしまいそうだ」
服を着てきなさい。静かに続けて、ルシフェルがゆらりと上体を起こすのを見届けたサンダルフォンは、昨晩ベッドの周りに放った下着を軽い動きで拾い上げると、脚を通してするりと身に付ける。なんだか、とても気分がいい。
「朝食を用意してお待ちしていますから、ちゃんと身支度終わらせてからきてくださいね」
上機嫌のまま、部屋の戸に手をかけて肩越しに振り返ると、朝日の中でルシフェルが幸せそうに笑って頷いていた。
と、まぁこれが二人の番になって、初めての朝の風景である。そのあと一緒に食事を取って、いざサンダルフォンが大学へ、ルシフェルが職場へというところで最初の違和感は訪れた。
恋人だからといって、二人は元々べたべたするような質ではない。間に流れる雰囲気で、場所によってその都度、といったような、よく言えば割り切った、悪く言えばドライすぎるような関係であった。だというのに、番となった朝からルシフェルがやたらくっつきたがるのだ。それはサンダルフォンにとって別段、いやなことではないが、それだって度が過ぎると変わってくる。所構わず、時間も構わず、後ろから自分を抱き込んで大切な宝物を覗き込むようなうっとりとした瞳で頸に唇を落とすのだ。
「ルシフェルさん、一日中俺を抱えていて飽きないですか?」
「……何故?」
何故、とそう問われましても。自分の方が聞きたいと言うのに。呆れたように半目になりながらも、その実内心まんざらでもないサンダルフォンは、今日もまたルシフェルがまとう安心するような心地よい香りに負けて、こてんと頬を胸板に預けた。そうしていると、そっと顎を救われて、しっとりと唇を食まれる。ちゅっちゅ、と音をたてて、浅く何度も角度を変えて落とされる唇を、徐々にとろけていく思考を自覚しながら受け止めていると、不意に唇が離れていって、代わりとばかりに傾いたかんばせごとうなじを甘噛みされて、ちろりと舌先で舐められた。
「君をずっと、こうして抱えて隠してしまえたら、と思う」
低く、甘い声が鼓膜をついて、反射的に体が跳ねた。そういえば、と耳の後ろを擽る唇の感覚に溶け出してしまいそうな気分になりながら、思い出す。アルファ性の者は時折番の発情期が近づいてくると、まるで他のアルファに取られないように始終側にくっついて守るという特徴を見せるらしい。なるほど自分はこの人に守られているということか。そう考えると、なんだか殊更この時間が愛おしいもののように思えた。
ちらとカレンダーに目をやる。印がついた日付はもうすぐそこまで迫ってきていた。二人の、番になって初めての発情期がもうじきやってくる。
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