香春 蘇葉
2020-07-12 17:20:54
3309文字
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無題

シオサンで、戦闘中にやられそうになった所をルシオがカッコよく助けてキュンとするサンちゃん。

突き出した刃先が尽く弾かれ、振り切った斬撃が届く前に押し返される。
サンダルフォンは肩で息をして、額に滲んだ汗を拭うと、自らの遥か上空にあるソイツを振り仰いだ。それは小高い丘ほどある、亀のような姿をしていた。ひどく凶暴な質であるらしく、近隣の村々をその巨大な図体で襲い、食料を奪っていく。それが積み重なり、最初の頃は放っていたらそのうちに姿を見せなくなるだろうと踏んでいた村人達も、とうとう我慢の限界がきたらしく、村中ありったけの金をかき集めてシェロカルテ経由で討伐の依頼を出してきた。グラン達騎空団の前にいくつかの団が依頼を受け、討伐に向かったがどの騎空団も討ち果たすことは叶わずに、巡り巡ってこの騎空団に依頼がきたというわけである。亀の形をしているが、火を吐き、背中の甲羅も中で高温の火が燃えているかのように真っ赤に熱されている。事前の情報を得た一行は水の力を扱う者で構成されており、もっと言ってしまえば、短期決戦を視野に入れていたので、身軽で速さと瞬間的な力による戦闘を得意とする者ばかりであった。そうしていざ戦闘を始めてみれば、攻撃は通らない上に一撃が重い。長く応戦している間に、面々の体力も徐々に失われていった。
前屈みで息を整えるサンダルフォンの耳に、誰かの短い呻きが聞こえて、ついですぐそばの地面で砂埃が巻き立つ。瞠目して、視線をそこに向ければ、薄く晴れた土煙の中で、ランスロットが仰向けで倒れている姿が見えた。辛うじて受け身は取れたようだが、地面へのめり込み具合から察するに、攻撃の衝撃は決して軽くないのだろう。かはっ、と激しく息をついた彼の口から、どす黒い血が吐き出された。しばらく休んでおけ、と声をかけてから、周囲に視線を巡らせると、誰もが苦戦を強いられており、見ている端から一人、また一人と前足での打撃をいなしきれずに飛ばされ、地面に伏していった。

「サンダルフォン!前!!」

グランの切迫した声にはっとして前を向く。眼前まで迫ってきていた前足を、咄嗟に剣を縦に構えることで受け止めると、地面をずりながら力を背後に逃す。リカバリーが間に合わない。内心サンダルフォンは舌打ちをした。疲労に対して自然回復の速度が追いつかず、彼の足を踏み込む力はいつもの半分になっていた。このまま飛ばされたところで死にはしないが、サンダルフォンが戦線に復帰するまでグラン一人の応戦になってしまう。それだけは避けたい。それでも、前足を受け止める力はじわじわと削られていき、今にも吹き飛ばされてしまいそうで。己の力足らずにサンダルフォンは歯噛みした。

「そのまま受け止めていてください」

鼓膜にしっかりと届いた声に驚いて眼前を見れば、三振りの刀が光をまとって魔物の前足を囲っていた。声の主に行き当たる前に、三方から刀が突き刺さり、魔物の激しい咆哮が響き渡った。押し付ける力が緩んだ瞬間に、サンダルフォンはすぐ側で倒れているランスロットを素早く担いで、羽を展開すると、宙を滑空し、退避する。

「ヴェインさん、イングウェイさん!」

刀による攻撃でよたついた前足を垂直方向に駆け上がりながら、サンダルフォンを助けた男が叫ぶ。ルシオ、と。ランスロットを地面に横たえながら名前を呼ぶと、聞こえるはずもないのに、彼が肩越しにこちらを向いて、薄く笑った。視線を向けられたとわかった瞬間に、状況も忘れたコアがことんと揺れる。
たっ、とルシオが魔物の肩のあたりで軽く飛び上がると、タイミングを測ったかのように顎下、頭上からもそれぞれヴェイン、イングウェイの姿が出てくる。三者同時に目、脳天、顎へと打撃を加えると、さすがに魔物も耐えきれなかったようで、苦しげな悲鳴をあげと、前足を折った。

「ッ、やはりこの力では届きませんね……

後方へと回避してきた彼が、サンダルフォンの目の前に降り立って、渋い声で呟く。それを見上げながら、サンダルフォンは何故、とどこか呆然とした声で問うた。確か、依頼主である村で待機をしていたはずだ。

「魔物の情報を集めているうちに、このメンバーでは難しい、と。ジークフリートさんが言い出しまして」

「打撃が重くて、防御と体力に優れてる方がいいって話だったから、ルシオに空から探してもらいながらオレとイングウェイさんでここまで来たんだ」

ランちゃん、大丈夫か?体を曲げて、激しく咳こみながら、脂汗をかいているランスロットの側に蹲み込んで、ヴェインが気遣わしげにその頬へ触れた。その様をそっと見つめていると、不意に肩が叩かれて、サンちゃん、とルシオがこちらを呼ぶ。何だ、と振り仰げば、その瞬間に唇を重ねられて、束の間思考がパタリと止んだ。

「ああ……ふふ、これはいい。サンちゃん、しばらくこの水の力、お借りしますね」

サンちゃんは、そこで見ていてください。そういうや否や、ルシオはサンダルフォンに背を向けると、やおら立ち上がったヴェインとイングウェイを伴って、意識を取り戻した魔物に向かって宙を滑空し始めた。右に走り出たヴェインがまず、地面を全力で蹴り、魔物の左足へ切り払うギリギリまでハルバートの刃を叩き込み、イングウェイが右足の関節に向かってアームを突き出した。再び前のめりに傾いた魔物の頭上に爪先で地面を軽く叩いてふわりと飛び上がると、ルシオは体重を加えて半回転する。同時に刃を魔物の眉間に叩きつけると、刃先を立ててそのまま頭を駆け上がり、うなじを縦に裂き、背中を開くかのように甲羅を破り開いた。そうして彼が尾までいったところで、木伝いに甲羅の上へ飛び上がった二人が、体重と腕力をかけて両側から獲物を振り下ろす。一呼吸ほどの間。そこからはスローモーションのように叩かれた甲羅がルシオの入れた切れ目から盛り上がり、赤く熱され弱くなったところから亀裂が入っていく。魔物が一際大きな声を上げて、甲羅の至る所から炎が吹き出したかと思えば、次の瞬間には轟音を立てて体全体を炎に巻かれた。煌々と燃え盛る炎を背に、悠然と地面に降り立ったルシオが、サンダルフォンの視線に気がついて、それはそれは嬉しそうに微笑む。まるで、私すごかったでしょう?褒めてください。という声が聞こえてきそうである。反射的に調子に乗るな、と声をあげようとしたが、切迫したグランの声にかき消されて、それも叶わず。サンダルフォンはどこかもやもやとした気分を抱えてなから艇に帰ることとなった。




ことん、と置かれたカップには並々と注がれた温かいココア。ことりと首を横に倒したルシオは、これは?と思わず訊ねた。視線の先には、回復が間に合わず頬に大きなガーゼを貼り付けたサンダルフォンの姿がある。どこか仏頂面の彼は、礼だ、とだけ短く返すと、どこかバツが悪そうに視線を逸らした。

「でしたら、私だけでは不公平では?」

「イングウェイとヴェインには夕食後に、俺が大切に取っておいた高級豆で珈琲を淹れた」

「え……私も珈琲が……

よかったのですが、と消え入りそうな声で続けると、不意にカウンターの向こうから手が伸びてきて、彼の薄い掌が頬に触れた。驚いて顔を上げると、耳元まで顔を真っ赤にした彼が、長い睫毛を伏せ気味にして、言葉を口にしあぐねている。サンちゃん?と呼び掛ければ、ぴくりと彼の毛先が跳ねて、そろそろと赤く熟れた瞳が向いた。

「一刻を争ったとは言え、今度からはああ言ったことをする前に、一呼吸準備する時間をくれ」

コアが破裂するかと思った。震える声で彼が言うので、束の間返事に困る。いつもしていることだろう、とか、まだ慣れないのか、だとか。言えることは沢山あるが、そのどれもが今の雰囲気にはおそらくそぐわないのだろう。ならば、とルシオは椅子から腰を上げな。頬に添えられた手を指先で辿ると、彼の目元を軽く擽る。

「では、今からサンちゃんに口づけしても?」

小首を傾げながら問えば、赤かった頬がことさら赤くなる。そうして数拍を置いた後に、彼が苦し紛れに礼だからな、と言うので、ルシオは思わず破顔した。