香春 蘇葉
2020-07-11 23:46:08
3420文字
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【朝と夜の狭間に。】

ルシサンワンライ
お題:七夕/明けの明星

「ん?何の騒ぎだ?」

甲板に出たサンダルフォンは、船首の辺りがやけに騒がしいことに気がついて、頭をもたげた。見れば甲板のギリギリのところで、この艇に乗る子どもたちが何やらワイワイと騒いでいる。ジータやグラン、ルリアの姿も見えたので不思議に思い、近づいていくと、こちらに気がついた誰かが小走りで近づいてきた。

「ああ、サンダルフォン。丁度よかった」

とっくに日がくれた薄闇の中、松明の明かりに照らされて人懐っこい笑顔が浮かぶ。ランスロットである。片手に何か、金色に光る星のようなものを携えた彼は、サンダルフォンを見下ろすと少し手伝ってくれないか、と笑みを深くした。彼の後ろから遅れて走ってくるヴェインの姿を、上目で確認しながら、それはいいが、と返したサンダルフォンは、ところで、と甲板に上がってからこちら、疑問に思っていたことを口にする。

「あの植物は、何だ?」

「ああ、あれか!タナバタって行事の飾りものだそうだぞ。ザビルバラやシュラの故郷で有名な伝説に基づいているらしい。なんでも、願いを叶えるんだってさ」

「ふぅん……それはいいが、それに何故、俺の手伝いが必要になる」

「ああ、この星飾りなんだが……笹の一番高い所に飾りたいと子ども達にせがまれてな……身長が高いヤツもいるし、俺もつけられないわけじゃあないんだが、少し安定しなくて」

そこに、サンダルフォンが来たわけだ。どこか悪戯好きな少年を彷彿させる屈託のない笑顔を浮かべて、ランスロットがそう締めくくる。なるほど、そういうことならば、自ら宙を舞うことができるものの方が適任であろう。大した手間でもなかったので、任されよう、と小さく返したサンダルフォンがランスロットから星飾りを受け取っていると、今度は彼よりもやや高いところから声が降ってきた。

「あ〜ほんと突然でごめんなぁ……ランちゃん急なとこあるから」

「別に。同じチームのよしみだ。これくらい、頼まれてやるさ」

「ほんっとうに助かる!はは、神様サンダルフォン様ってな!……あ!じゃあ頼まれてくれるお礼に、笹くれた村の婆ちゃんに教えてもらったとっておき、サンダルフォンにも教えてやるよ!」

ほらいくぞ。ランスロットを伴って先導するように歩き出したヴェインの背中を追って、笹の前まで寄っていくと、ひとまずしなだれる笹の一番高い部分に、渡された星飾りを数個、飾り付けていく。星が増えるたびに、子ども達の歓声があがり、なんだかむず痒い気分になりながらも頼まれごとを完遂して、ありがとう、と目をキラキラさせながら飛びかかってくる子ども達の相手を、四苦八苦しながらしていると、サンダルフォン、とヴェインが満面の笑顔で寄ってきた。サンダルフォンとお話があるからごめんな、と手慣れた様子で子ども達の興味を逸らした彼は徐に、眼前へ薄く青に色づいた紙片を突き出すと、ひとまずはこれ、と眉を下げてはにかんだような表情を見せる。

「これに願い事を書いて、あの笹に吊るすんだ。そしたら伝説になった恋人達が叶えてくれるんだってさ」

「空の民は本当に、そう言った話が好きだな……伝説に祈りを捧げたところで、叶う訳がないだろうに」

「はは、そう言うなよ。ロマンだよ、ロマン。でさぁ、村の婆ちゃんから聞いたんだけど」

人々が寝静まった真夜中、誰にも見られることなく、誰よりも高い所に短冊を結えつければ、願いは必ず叶うと言う。決意表明としても最適だし、願いはなくてもひとまずやってみれば?ヴェインが断りにくい、屈託のない笑顔で笑うので、短冊を突き返すことも出来ずに、じゃあまた明日結果聞くからな!と艇内に戻っていく彼の背中を見送った。嵐のような騒がしさが去っていって、そっと息を吐き、周りを見渡せば、いつの間にかあんなにも賑やかだった笹の周りも静まり返っている。無理はないだろう。いつだったか団長に渡された懐中時計を出して見れば、時刻は子ども達が眠りにつく時間をとっくに過ぎていた。
このまま待っていれば、ヴェインが言っていた時間帯ももうすぐである。ならば、と一度艇内に戻り、木で頑丈に作られた保温容器に並々と珈琲を用意してから、本と共に携えてまた甲板に戻ってくる。その頃には、艇内に意識を凝らしても寝ってしまった生命が折り重なっているような気配しかなく、ただ艇が夜風を切る音と、星が囁く音、束の間の耳が痛くなるほどの静寂のみがその場を満たしていた。これは、条件そのものではないだろうか。
サンダルフォンは羽を展開すると、軽く甲板を蹴るようにして舞い上がった。そうして慎重に、短く願いを刻んだ己の短冊を結えつけると、静かに降りてゆく。また元のように羽をしまいつつ息を吐くと、不意に突風が吹き付けてきて、サンダルフォンは咄嗟に固く目を瞑った。その、刹那に。

「こんばんは」

あれほど聞きたかった声が聞こえてきた。自分の幻聴かもしれない。でも、確かに、サンダルフォンの鼓膜は震えていた。恐る恐る目を開けば、丁度雲に隠れていた月が姿を見せて、目の前がスポットライトを下ろされたかのように明るく照らされる。ああ。その中に浮き上がるようにして見えた姿に、サンダルフォンは声にならない吐息をつく。

「私に与えられた時間は短い。サンダルフォン、話をしようか」

差し出された手は確かにあの人のもので。こちらを見つめる眼差しはあの頃とちっとも変わらなくて。サンダルフォンは転げるようにして前に出ると、思わずその体に抱きついた。

「どうして、ここにいるんですか」

「わからない。ただ、あの場所で星を眺めていて、気がつけばここにいた」

ルシフェルの指先が涙で微かに濡れた前髪を優しくかきあげて、顕になった額へ唇が押し付けられる。不思議な温度がした。温かくも、つめたくもなくて。ただ、触れる質感だけが、サンダルフォンの感情を揺さぶっていた。声が出ないでいるサンダルフォンを宥めるようにして、ひたすら優しいキスの雨が降る。いつの間にか風の音は止んでいて、星々が囁き合うその声だけが辺りを満たしていた。





「朝と夜とが交わる時間、かつてこの空には一際輝く星があったそうだ」

彼の指先が白み始めた空をなぞり、歌うような心地よい低音が鼓膜を揺らす。沢山の話をした。伝えても伝えても、止めどなく溢れてくるそれを、ルシフェルは時折自らの話を挟みながら、静かに聞いてくれていた。船首に二人並んで、指を重ね、肩を寄せ合い。もうすぐ、この時間も終わりを迎える。これほどまでに朝が来ることを憎むことはなかった。

「明けの明星。そう呼ばれていたらしい。私の名も、そのような意味がある……サンダルフォン」

呼ばれて顔をあげれば、静かに重ねるだけのキスを落とされる。お互いの体温を確かめるように長く、長く。最後に名残惜しさを見せて唇をすり合わせながら離すと、こつん、と。ルシフェルの額がサンダルフォンのそれにそっと押しつけられる。

「もうすぐ私はいなくなるが、時折朝と夜の狭間、この空を見上げて私のことを想って欲しい」

「この時間の空を見たときだけではなく、いつだって、貴方のことを想っていますよ」

ルシフェルの額が離れていって、ようやく見えるようになったその端正なかんばせが、嬉しそうに笑う。風が吹き抜けて、雲から覗いた朝日がルシフェルを照らすように差した。束の間の視界を灼かれたサンダルフォンは咄嗟に目を瞑ると、ややあってゆるゆると目蓋を押し上げる。そうして。ルシフェルがいた所にぽつんと残った青い紙片を見つけると、彼は今にも泣き出しそうな顔で笑った。





どうだったんだ?朝の食堂で顔を合わせるや否や、キラキラとした瞳を向けられて、サンダルフォンは面食らう。

「さてな、キミに教える義理はないが」

「ええー!!ケチだな!」

「そういう話ではないだろう……キミ、年の割に幼いな……まぁ、」

一度切れた言葉に、ヘーゼルアイがじれたように瞬いた。

「ん?」

先を促すような声を背に、サンダルフォンはそっと窓越しの空に目を向ける。そこには雲ひとつない青空が広がっていた。嫌味なほどなそれに、そっと苦笑を漏らすと、サンダルフォンは大仰に肩を竦めて見せる。

「キミの言うロマンというやつも、なかなか悪くはなかったよ」