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香春 蘇葉
2020-07-09 00:35:59
2124文字
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【博愛は恋をも殺す。】
お題:サンちゃんがルシオに片思いしていて、ルシオはサンちゃんに興味がないけど体の関係はあるお話
彼はいつも諦めたような顔で笑う。
例えば雲ひとつない晴れた夜の、にわかに明るい情事でのこと。体の上で跳ねる、しなやかな肢体を見上げると、白く差す月明かりの中で彼が嫣然と微笑んでこちらを見下ろす。眇められた瞳の奥には、熱に浮かされた本能的な行為のさなかにもかかわらず、冷たく凍った諦めが滲んでいるのだ。
例えば共に出向いた街の中。不意に目の前を仲睦まじい男女が通り過ぎて行った。手を絡め、肩を寄せ合うその幸せそうな姿を視線だけで追いかけて、彼はそっと自分には縁のないものだと言うかのように笑うのだ。
彼が望むのならば、熱を与え合い体を重ねることも、睦み合い寄り添うことも、なんだってして見せよう。
「サンちゃん、もっと私にして欲しいことはないですか」
彼の頬に手を伸ばしながらそう言えば、わかりやすくびくりと体を跳ねさせた後に、どこか怯えた色味をその瞳に滲ませながら、彼が手の甲を苦笑混じりに払い除ける。何もないよ。静かで落ち着いた彼の言葉に、じわりと心の内に得体の知れない不快感が広がっていった。嘘だ、と消え入りそうな声で思わず口にすると、見下ろした彼のかんばせがにわかに歪む。ほらまた、そうやって。歪んだ目元が諦めを見せる様を見て、知らず眉根が寄った。
「キミが俺のワガママに付き合ってくれている。それだけで十分だ」
「そんなこと
……
情事だけではなく、他にしてみたいことがありましたら、お付き合いしますよ」
例えば恋人同士のように振る舞うことだってできる。ふとした時に寂しそうな様子を見せる、彼の心を、寄り添って支えて、安定させることができるのなら、何だってしよう。自分は、彼へ一目置いているのだから。後身を、主が残したこの空を守る力として、教え導き支えるのも務めである。
彼は自分に何を乞うのだろうか。些かワクワクしながら彼の返事を待っていると、先ほど払い退けた手を、不意にこちらに押し返されて、思わず小首を傾げる。
「本当に、キミには十分すぎるほどにワガママを聞いてもらっている」
だから、もういいんだ。こちらを見上げる赤い瞳が全てを諦めたように霞んで、弧を描いた。
そんな瞳をこちらにむける彼が、近頃少し苦手だ。
*
ああ、この想いは叶わないのだな、と直感的に思った。
態度ではどう出そうと、サンダルフォンはルシオのことを慕っている。それは雛鳥が親を追うその衝動ではない。はたまた近しい友人に向けるような感情ではない。ただしくそれは、恋であった。恋から育った、愛情であった。
しかしそれは同時に叶わない感情である。寂しさや人肌恋しさ、重圧に負けそうになる度に彼の体温を求め、いっそ溶け合ってしまいそうなほどに熱く体を重ねて。だからこそ知ってしまっていた。始めはサンダルフォンも彼と同じであったから。誰よりも、彼の心を理解できた。
一番が決まっている相手の、一番にはなれない。ルシオの心はきっと、他の誰かのもので。それが例え恋慕でなかったとしても、サンダルフォンが入る隙間もないほどに丸ごと捧げてしまっているのだろう。それがわかっているからこそ、無駄に自分へ与えようとするルシオの行為が苦しかった。
衝動的に払ってしまった手の感覚は後悔となって心の内にヘドロのようにこびりついていた。下手に期待を持たせてくれるな。どこまでいってもその心を自分にくれはしないくせに。そんな恨み言のようなことを独りごちながら、今日もサンダルフォンは触れるその手の熱さや、彼と肌を重ねる安堵感を思い出して抗いきれずに、彼の体温を求めて部屋の戸を叩く。
数拍の後に部屋の戸を開けて姿を見せたルシオは、サンダルフォンの姿を見とめると、サンちゃん、とこちらの名を呼んで、にわかに破顔した。その笑顔が、この騎空団にいる団員達に向けるものとそう変わらないものであることはよくわかっている。わかっているからこそ、腹立たしくて爪先立ちで伸び上がるようにして彼の首に抱きつくと、噛みつくように唇を喰んだ。戸惑う彼を他所に何度も角度と深さを変え、無遠慮にかき回す。いっそ、絡めた舌先の熱から自分の気持ちが伝わればいいのに。いや、伝わったところで現状となんら変わらないのかもしれない。何とも腹立たしいことだが。
最後に一度唇同士をすり合わせて、サンダルフォンはルシオの首に腕を絡ませたまま、すとんと踵を落とした。高さが変わり、首に重みがかかり。苦笑をしたルシオがサンダルフォンの背に合わせるようにして、体を屈める姿を見ると、ざまぁみろと内心吐き捨てる。このまま腰を屈め続けて痛めればいい。
と、思っていると、あっという間に膝裏をすくい上げられて、横抱きにされ、ベッドまで連れて行かれる。彼ももう、慣れたものだ。何せ幾度となく体を重ねている。ベッドへ仰向けに横たえられ、装束の裾から差し入れられる指の感触に腰を束の間揺らして。上から降ってきた唇をしっとりと受け止めながら、サンダルフォンは内心忌々しげに舌打ちをした。
誰にも彼にも、与えられる限り与えようとする彼の優しさが、狂おしいくらい嫌いだ。サンダルフォンはもうとっくに、ルシオの心を諦めている。
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