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香春 蘇葉
2020-07-08 01:04:03
2507文字
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【ご褒美】
シオサンお題: お風呂でのんびりいちゃいちゃしている二人
「
……
どうして俺がルシオと同じ部屋なんだ」
声を荒げているわけではない。むしろ静かで落ち着いている。感情が剥き出しになっているわけでもない。むしろ今の彼の感情はかけらも見えなくて、その威圧感のある声音にグランはすっかり萎縮してしまっていた。
時は夏の入り端のとある日。東方の風習が強く根付いたこの島では、古くから伝わっている伝説を基にした祭りが脈々と受け継がれ、現在に至るまで欠かすことなく執り行われているという。その祭りの運営委員会から、人が足りない、とシェロカルテ経由で騎空団に依頼が来たので、グラン達は元々予定に組み込まれていた大食い大会に出る者、件の祭りのスタッフとして働く者、その二手に分かれてアウギュステに赴くことになったのである。今日が、その合流日であった。
一度にふたつもの行事を手伝って貰ったのでは、こちらも頭が上がらない、とシェロカルテの差配で、島で一番の温泉宿泊施設に騎空団全員が招待されることになった。人数が人数がだけあって、旅館の部屋のほぼ全てを占領することになる、と一度は断ったが、それならば貸し切りにしますので是非、とシェロカルテの強い推しもあり束の間早めのバカンスとして厄介になることを決めたのだが。多くが数人の宿泊向けに造られた部屋であったため、仲の良い同性同士が各々グループを作り、常より華やいだ声音で話をしながら部屋へと消えていった。そうして最後に残ったのが、数ある部屋の中でも最高ランクとされる部屋を始めとした、カップル向けの部屋が数室。残ったメンバーも数人であったため、とりあえず、と。今回の最功労者であるルシオに、どの部屋がいい?と訊ねたところ、普段余り欲を出さない彼にしては珍しくでは、一番いい部屋をお願いします、と答えた。誰か一緒に泊まりたい相手でもいるのだろうか。内心首を傾げていると、グランの顔で察したルシオが微かに笑いながら、言ったのだ。
「サンダルフォンが依頼から戻ってきたら部屋に来てもらえるように言って欲しいって言われたからさ
……
」
祭りの作業に最後まで残っていたサンダルフォンに、ルシオの言葉を丸ごと伝えた、その反応が冒頭のものであった。人ひとり射殺せそうな眼光を受けながらも、グランは引かない。何せ今回、ルシオがいなければ、思いもよらないトラブルに巻き込まれていたかもしれないのだ。そのことを精一杯の言葉で伝え続けると、次第に苛烈であったサンダルフォンの視線は和らいでいき、そうして最後には諦め混じりの柔らかな苦笑でこちらを見ていた。あれ、なんか今日はすんなりと納得してくれたな。そう思いつつ、内心首を傾げていると、ややあってサンダルフォンが苦いものを飲み下したかのような顔で部屋は、と口にする。
「部屋はもう、そこしか残っていないのだろう?」
「え?あ、うん」
「グラン、ひとつ貸しだからな。今日はもう部屋で休む。おやすみ」
「うん
……
お疲れ様、おやすみ」
妙に腑に落ちない。すんなりと自分の手から鍵を攫って廊下の奥へと向かう、サンダルフォンの背を最後まで見送って、グランは顔をしかめた。いつもならば、もう少しごねると思うのだが。
*
ふわりと浮き上がる硫黄の香りに、ゆらりと揺れる湯気が昇る。満点の星空をそのまま写した湯船は、まるで夜空そのものに浸かっているかのようで、何となく気分がいい。さすがはこの島で一番の温泉旅館、その最高級の部屋である。アウギュステの観光案内所で最大の売りとしてこの湯船の絵を目にした瞬間に、これだ、と直感し、いつかバカンスの折には彼を連れて来ようと考えていたのだが、まさかこんなにも早く実現しようとは。
心地よさからの吐息を口にし、水気を含んで垂れてきた前髪を指先で払うその流れで前髪を掻き上げていると、タイミングを図ったかのようにがらり、と室内の浴室に続く引き戸が開いて、仏頂面をした彼が姿を見せた。サンちゃん、とにわかに表情を華やがせて、彼を呼ぶも、返事のひとつも返すことなく、彼は湯船の淵まで歩いてくると、何の躊躇いもなく湯の中に入ってくる。何か意図があるのだろうか。とりあえず黙って見ている事にして、彼の動きを見つめていると、湯船に入ってきたそのままの足でこちらの目の前まで来た。束の間こちらをじっと見下ろした彼は、徐に背を向けてこちらの足の間に座ると、後頭部を胸板に預けるようにしてもたれかかってくる。おや、と意外に思っていると、湯の中に沈んでいた片の手にゆるりと彼の指が這ってきて、しっかりと握り込むようにして絡んできた。
「
……
グランにバレたかと思って焦ったんだが」
「ふふ、私達の関係は私とサンちゃんの秘密ですからね。確かに、軽率でした。すみません」
でも今回くらいはご褒美が欲しかったんです。目の間の、形の良い後頭部に、すり、と頬ですり寄れば、サンダルフォンの体が分かりやすく跳ねて、湯船に写る溢れんばかりの星が波紋に溶けた。
「サンちゃんも、遅くまでお疲れ様でした」
「全く、うちの騎空団は些か天司使いが荒いんじゃないのか?」
そうですねぇ、とのんびり返しながら、サンダルフォンの肩に額を擦り付けた。上目で見やった湯船で揺らめく星々。この時期の溢れんばかりの星空は、川のように見えることからアマノガワと称するらしい。くすぐったいぞ。小さく笑う彼の視線も、湯のおもてに写る星に釘付けで、やはり気に入ってくれたか、と内心嬉しくなる。
しかし、それは置いておいて。ルシオは己が心をざわつかせる衝動にそっと苦笑した。もう一ヶ月ほど、彼とまともな触れ合いをしていない。後ろから抱き込むようにして、手を繋いだまま腰に腕を回せば、意図を捉えた一回りほど小さな体が一際体温を増した。サンちゃん。耳元で囁けば、びくっと体を跳ねさせたその後に、赤い瞳がそろりとこちらを向く。
「
……
風呂からあがってからな」
吐息のようにそう呟いて、頸を晒し俯く彼の何と愛らしいことか。ルシオはそっと堪えきれなかった笑みを零すと、ほんのり桃に染まった彼の頸にそっと唇を押し付けた。
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