香春 蘇葉
2020-06-13 10:44:58
2204文字
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【芽吹き】

シオサン♀【発露】の続き。先天的にょた。

そっと差し出された掌を見下ろして、サンダルフォンはじとりと目を据わらせた。

……何のつもりだ」

「サンちゃんは、この先の道を知らないでしょう。はぐれては大変なので手を、と思いまして」

「問題ない。キミは目立つからな……はぐれたらキミの周りにできる人だかりでも探すさ」

おや、それは残念。大してそうとも思ってはいないであろう声音でそう呟くと、ルシオはサンダルフォンが抱えていた紙袋をそっと彼女の手から取り上げて、先導するようにして歩き始めた。あっという間に荷物を攫われて、軽くなった腕を束の間猫のように瞳を丸くして見下ろしたサンダルフォンは、ついではっと我に帰ると、慌てたようにその背中を追いかけていく。小走りで隣に並べば、少し速かったですか?と彼の蒼い瞳が三日月のように細くなってつむじに降ってくる。最近よくこういう行動をするな。まるで女性にするような扱いを思い返しながら、サンダルフォンは彼の腰布をそっと指先だけで握って、問題ない、とだけ短く答えた。
何故知り得た秘密を振りかざさないのか。彼に訊ねた日から早ひと月ほどが経っていた。その間ルシオの態度は、彼に裸体を見られる以前となんら変わりなく、サンダルフォンもほっと胸を撫で下ろしていた。しかし、たまに。ほんのごく、たまに。ルシオはサンダルフォンと二人きりなると、僅かずつ彼女に女性相手の振る舞いを見せるようになってきた。それが、何を意味するのかはわからない。ただ、その場限りと言えど彼が柔らかく微笑みながら、サンダルフォンを大切にするようなそぶりを見せてくれる時、耳に這わされた刺激を警告として得たあの瞬間と同じように、コアの脈動が騒ぐのだ。サンダルフォンはもうずっと、その理由を探していた。今まで感じてきたコアのざわめきとは明らかに違うそれ。風邪だとごまかされはしたが、そんなものよりも遥かにかけ離れた理由があることは、薄らぼんやりと感じていた。
サンダルフォンはちらと彼の顔を見上げて、それから腰布を握る指の力をそっと強くした。彼にほんの僅か、触れられるだけで騒ぎ出す己のコアと同じように、彼も自分に触れられると、何かしらの変化があるのだろうか。何故だからわからないが、そうならばいい、と思った。彼に直接、訊ねてみたいとも思う。
艇に戻ったら、今度は自分から触れてみようか。もうすぐ着きますよ。そんなのんびりとしたルシオの声音を鼓膜に透かしながら、サンダルフォンは彼が紙袋に添える手をじっと見つめて、ああ、とだけ短く返事をした。





「あのう……サンちゃん?そのように私の手を見つめられると、穴が開いてしまうのですが」

「うん……?あ、ああ……悪かった」

午前中で終わった買い出しの後、艇に戻ってみれば、二人にご褒美があるよ、とにこにこ笑った団長に喫茶室へ押し込められた。しかし、店主であるサンダルフォン自身が買い出しに出ていたため、本日は店休日である。机という机、椅子という椅子は綺麗に清拭されて、布がかけられていたために、座るところと言えば、閉店後にサンダルフォンが伝票整理や帳簿をつけるために使うテーブルと椅子が二脚だけで。必然的に二人で座ることになり、何を話すでもなく、無言で向かい合って団長が戻るのを待っていた。そんな折、ルシオは彼女の視線がずっと己の手に注がれていることに気がつく。そっと手を持ち上げて掌をひらひらと、目の前で振れば、はっと我に返って、一息ほど置いて尚、気も漫ろな様子のまま彼女が重ねてごめん、と言った。

……私の手に、何か?」

「いや……大したことではない。気にするな」

「本当に大したことではないのなら、貴女はそんな顔をしないでしょう。私の手に用事があるんですね?では、どうぞご自由に」

そっと掌を眼前に突き出せば、刹那サンダルフォンの体が動揺を表すかのように揺れた。そのまま動かずに彼女の動向を見ていると、束の間の逡巡を見せた後に、意を決したかのようにおずおずと彼女の細く、白い両手の指先が、ルシオの手に触れる。そのまま弱い力で揉まれ始めたので、今度はルシオの方が状況を掴めずに怪訝さを滲ませてしまった。サンちゃん?そう彼女を呼べば、ほんのり目尻だけを赤く染めて、ルシオの声に応えるように彼女が上目でこちらを見る。

……どうだ?」

「はい?」

「キミは、俺に触れられてどう思った」

どうと聞かれても、子猫が柔らかなものを揉むような仕草に似たそれには、束の間の癒しと、怪訝さしか抱けなかった。すっかり彼女の意図が取れずに、小首を傾げて別に何も、と言いかけたルシオは、何かに気がついたようにはっとすると、徐に彼女の指先から己の掌をそっと取り上げて、代わりとばかりに彼女の片手を手首の内側を合わせるように握り込む。そのまま二、三度軽く揉むように力を込めたルシオは納得したように頷くと気づきを得た瞳でサンダルフォンの方へ視線をやった。

「サンちゃんの手は、すごく柔らかくて心地がいいですね」

そう無邪気にはしゃいで数拍。返事はない。俯いた彼女の顔を覗き込んだルシオは、そっと彼女の手を放すと、ひどく申し訳なさそうにすみません、と視線を逸らした。

「女性にすることでは、なかったですね」

そう言うと、覗き込んだ真っ赤な顔が、細い肩が。小動物のように一瞬揺れた。