香春 蘇葉
2020-06-08 03:05:00
3337文字
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【夫婦ごっこの末路に。】

現パロ?ルシサン♀。年齢逆転。サンちゃんのが十歳歳上な二人の、プロポーズの話。

「ふふ、ルシフェルさま、気持ちよかったですか?」

蕩けた表情で微笑みながら手を伸ばして、そう口にした彼女に、行為の余韻に目を細めて、こくりと頷く。そうすると、ひどく嬉しそうに彼女が笑って、そうですか、俺もです、と上体を起こす。そのまま慣れたようにルシフェルの体の下から抜け出してベッドを降り、一糸纏わぬその姿のまま部屋のシャワールームに向かっていく彼女を、追いすがるように手で追いかけて、サンダルフォン、と名前を呼べば、シャワールームに向かうドアの枠にそっと指先を引っ掛けたままの姿で、彼女が立ち止まり、肩越しにこちらを見て小さく笑った。

「どうかしましたか?ルシフェルさま。今日はお風呂、先が良かったですか?でしたら、先に貴方が入っている間に俺がベッドを片付けておきますね」

踵を返して、美しい裸体を惜しげもなく晒け出しながら、とてとてとベッドの淵まで歩いてくると、サンダルフォンは徐にしゃがみ込んで、ベッドから垂れ落ちたシーツの端を掴んだ。追いすがったその体が、自分から近寄ってきたその状況に、ルシフェルは我知らずその手首を強い力で掴む。いた、と彼女が小さな声をあげるも、己の身の内でふつふつと湧き上がる、不快感に似た何かに耐えられずに、サンダルフォン、と再度絞り出すような声で彼女を呼んだ。

「サンダルフォン、別にベッドを綺麗にしなくてもいい。君が必ずしなくてはいけないということはないんだ」

だから、私とこのまま共に眠って欲しい。重ねて言えば、サンダルフォンの顔が困ったように歪む。
十程も歳上の彼女。自分が五歳の時から想い続けてきた彼女。念願叶い、いつしか体を重ねるまでになったが、彼女は行為の余韻を避けて、いつもすぐにシャワーを浴びると、次いでルシフェルがシャワーを浴びている間にベッドを綺麗にして部屋から去ってしまう。髪の水気をタオルで拭いながら誰もいない部屋に戻った時の落胆は、何度味わっても慣れることはなく、ルシフェルの心を突き刺し、締め付ける。柔らかい体、蕩けた表情、濡れた瞳に、愛らしい子犬のような声。そのどれもが、自分が独りよがりで見た夢のようで、苦しくなるのだ。
追いすがるように握られた手をそっと見下ろして、自分の手首にかけられた指にそっと触れたサンダルフォンは、離してください、と柔らかな声で言いながら、ルシフェルの指を引き剥がしにかかる。

「サンダルフォン、私はもう五歳の小さな子どもではない。引き剥がせると思うのだったら、それは間違いだ」

「お戯れを。離してください。片付けは元々、俺の仕事です。少し勘違いされて、俺のことを恋人のように思っていらっしゃるでしょうが、俺は貴方の名ばかりの許嫁以前に、ただの貴方のお世話係です」

貴方に相応しい相手が現れるまでの虫除けのようなものです。そう続けたサンダルフォンの、今まで向けられた中で最も冷淡な瞳を反射的に振り仰いで、ルシフェルはベッドの上に座り込んだまま、戦慄いた。

「君は、この行為さえも私の世話だと言うのか」

……、そうです。貴方が俺を求めたから、お世話させて頂くその一環として、貴方とこうして体を重ねています。それ以上でも、それ以下でもありません」

だから離して。彼女の言葉尻が不自然に震えるのを感じて、咄嗟にルシフェルは手を離した。その瞬間に、彼女は床に散らばっていた自分の服を拾い集めて、呆然とするルシフェルの前で慌てたように身につけていく。そうして、エプロンドレスの腰紐を最後に結んだ時、サンダルフォンは、肩越しにルシフェルを振り返ると、今にも泣き出しそうな顔で笑った。

「貴方も、こんな歳の離れた、何の役に立たない俺よりも、貴方をそばで支えて。この家を盛り立てて行けるような、歳の近い女性をそろそろ探した方が、いい」

それだけ言うと、彼女はルシフェルの蒼い瞳を振り切るようにして、ドアの方へ足早に歩いて行くと、最後に一瞥だけを残して、ドアの向こうへと消えていった。ばたん、とやけに大きな音だけが部屋に響いて、すぐに消えた。





「サンちゃん、パパですよ……少しお話しませんか?」

……誰がパパだ。ふざけるのもいい加減にしろルシオ。俺が今年でいくつになったと思っている」

「サンちゃんは童顔なんですから、あまり気にしなくてもいいと思いますけど」

確実に四十近くになるくせに、見た目どころか肌の張りも変わらぬお前が何を言う。心の中で毒づくと、あ!また失礼なことを考えてますね!と四十路近い男が頬を膨らませる。どんな地獄だ、と半目になっていれば、彼は徐にそっとサンダルフォンの手を取って、近頃髪をばっさり切ったせいで益々ルシフェルやルシファーとそっくりになった顔を近づけてきた。

「単刀直入に言います。ルシフェルさんのこと、もう少し真剣に考えてくれませんか?」

「はぁ?キミに口出しされるようなことではな、」

「記憶がなくとも、あの子は確かにあの頃のルシフェルさんです。サンちゃんを失うと考えてたら、取る行動なんて、わかりきったことでしょう?」

わかりきった?心の中で反芻したサンダルフォンは、そっと記憶を辿るように目を細めて、それから思い当たる節を見つけてサッと青くなる。我がコアに眠れ、とにわかにあの頃のルシフェルの言葉が蘇ってきて、こうしてはいられないと、ルシオの手を振り解き、立ち上がった。早く、この家から出なくては。

「サンちゃん!ですからっ、」

「知るか!俺は出て行く!ルシフェルさまが俺を諦めてくださるまで戻らんぞ!!」

「私が、何だって?」

不意に重苦しい声が響いた。息を飲んで声がした方を振り向けば、とん、と後頭部が何かに当たる。恐る恐る視線を上向かせれば、サンダルフォンの視界に淡く光る蒼い瞳が映った。ひっと息を飲んだその後ろで、ルシオが私は言いましたからね、と逃げて行く。

「ルシフェルさま……

「私は、君との行為を愛情あってのものだと思っていた……しかし、君には違ったんだね」

肩をやんわりと抱きこまれて、震える視界の中、不意に彼の手で何かの紙片が落ちてくる。不思議に思ったのも束の間、紙片に並ぶ文字列を追いかけたサンダルフォンの瞳が徐々に大きくなっていき、そして最後には溢れんばかりに見開かれた。
ちゅ、と旋毛に唇が降りてきて、ルシフェルの指がサンダルフォンの左手に絡んだかと思えば、薬指に何かを残して離れていく。視線を落としてみれば、そこにある輝きで彼の意志が子どもの頃の幼い誤認の延長でも、なんでもないことを知る。

「君は、私のそばで私を支えて、家を盛り立てて行ってくれるような女性を探せと言ったね?私にとっては、紛うことなくそれは、君だ」

「でも、俺……貴方よりずっと歳上で」

「それが理由になるとでも?サンダルフォン……今から私が告げることに、はいと言って欲しい……でないと君をこの家に閉じ込めて、ひどいことをしてしまうかもしれない」

するり、と彼の指が、下腹のラインを辿るようにしてなぞり、最後にそっと圧力をかけるようにして、掌で撫でた。その動きだけで、全てを悟ったサンダルフォンは、小動物のように体を跳ねさせる。

「サンダルフォン、私と結婚して欲しい」

昔から、ルシフェルは賢い子どもだった。しかし同時に、思い至ればどんな奇策でも敢行してしまうような突拍子のなさがあった。現に彼が、二十になる前に逃げ出そうとしていた、その退路が絶たれてしまっている。記憶がないなら、自分の方が上手になれるだろう。そう思った慢心の結果の、敗北だったのだ。やはり、記憶はなくともルシフェルはルシフェルということで。
サンダルフォン。今世での性別は女性。今年二十八になった、いい大人である。

……はい。謹んでお受けします」

対してルシフェルは今年十八。嫌々というわけでは決してない。それでもどこか腑に落ちなさを感じて、呆然と返事を返した彼女の頸に、こめかみに、頬に。ルシフェルの唇が降り注ぐ。こうして二人は、暗雲立ち込める嵐の海が待ち受けた新婚生活を始めることとなった。