香春 蘇葉
2020-05-29 01:21:42
2089文字
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【尽くし癖、尽くされ癖】

現パロシオサン。愛するために相手の生活全てに自分の手が入っていないと気が済まない🧂と、尽くされることで己の存在を確かめてる👡の話。

「ちょっと待て。今日は嫌だ」

いつものように弁当の入った保冷バッグを渡して、いざいってきますのキスを。そんな瞬間に彼の掌が無粋にも割って入って、ルシオの顔を押し返した。どうしてですか。不満を隠そうともしない顔で訊ねると、ルシオの動きを制した掌がずるずると緩慢に下りていき、頬を仄かに染めた彼がぷいと明後日の方向を向く。

「口内炎ができたから、嫌だ」

「サンちゃん、嘘は駄目ですよ」

小さくため息をつきながらルシオがそう言うと、サンダルフォンが弾かれたようにこちらを向いて嘘じゃない!と叫んだ。そのぐわっと豪快に開いた口をそっと閉じるようにして、両頬を片手で柔く掴むと、ルシオはほんの少し身を屈めて、彼の耳へと唇を寄せる。

「サンちゃん、本当のことを教えてください」

一回り歳下の彼と同棲を始めてから、食事の管理は全てルシオの仕事である。何せ親元を離れて一人暮らしの部屋から高校に通っていた時分から、食に全く頓着がなく、お世辞にも栄養状態が行き届いているとは言えない顔でふらふらしていた。本来ならサンダルフォンの両親からそれとなく彼の様子を見るよう頼まれていたのは、従兄弟であり、幼少期から彼に懐かれていた末子のルシフェルであったのだが、いかんせんルシフェル自身も珈琲を淹れること以外は、家事全般に対するセンスが壊滅的である。ルシフェルに次いでそこそこ付き合いがある次男のルシファーも、似たり寄ったりな能力の持ち主で。そうなると自然と、サンダルフォンの通っていた高校で養護教諭をしていたルシオにお鉢が回ってくる。彼が高校に通う三年間、食事から何まであれよあれよと世話を焼き、彼が大学に入学するタイミングで恋人となり、今に至るのだが。
今もサンダルフォンの食の管理をしているのはルシオである。栄養状態や睡眠時間まで把握している彼にとって今キスを拒まれた理由が嘘であることを看破するのは、息を吸うほど簡単なことであった。もっと言うならば、昨日の夜まであれだけ彼の唇をいいようにしていたのだから、全く苦しい言い逃れである。
意識して低く響かせた声は、サンダルフォンの鼓膜を抜け、意識を揺らすには十分だったようで。やることは終えたとばかりにぱっと彼の頬から手を離すと、案の定真っ赤な顔でくしゃりと悔しそうに顔を歪めた彼は、むずかった子どものように額をルシオの肩口に擦り付けて小さく呻き声を上げた。

……昨日の、思い出すから嫌だ」

おや、と束の間目を瞬かせる。確かに昨晩は熱が入りすぎて、回数ができないのならばせめて余すことなく彼を感じることができれば、といつもより余計に唇を喰み、口内をかき回して、呼吸を奪うほどに舌先を絡めた。それを思い出すからキスをするなと言うのだから、訳を知ってみればなんと可愛らしい拒絶なのだろう。しかし、ルシオとしても譲れないものがある。

「私は、サンちゃんにいってらっしゃいのキスをできないのは、とても寂しいのですが」

くっつけるだけでも駄目ですか?重ねて訊ねれば、しばらくの沈黙の後にややあって真っ赤な顔でちらと視線だけを彼が上げた。そのままゆっくりとした動きで顔を上げたサンダルフォンは、ルシオのエプロンをそっと掴むと、早くしろと言わんばかりの勢いで顔を上げて目を固く瞑った。その姿があまりにも愛らしくて、思わず破顔しながらも、ルシオは小さく礼を口にして、ほんの少しだけ長めに、彼の唇へ己のそれを重ねる。

「では、改めて。いってらっしゃい、サンちゃん。今日のお弁当はオムライスですよ」

「また持ち運びに気を使うものを……行ってくる。キミも、遅刻はするなよ、先生」

意趣返しなのか何なのか。それだけを言って逃げるように出て行ったサンダルフォンの背中を見送ったルシオは、そっと困ったように笑うと、エプロンを脱ぎながらリビングルームへと戻って行った。





「口内炎まで把握されてるの?それちょっといきすぎじゃない……?」

呆れたようにそう言って、カフェテリアの大人気メニュー、ナポリタンを頬張ったグランにそっと視線だけを向けたサンダルフォンは、空になった弁当箱を丁寧に片付けながら、ことりと首を横に倒した。

「俺は菓子以外の料理があまり得意ではないから、正直助かっている……それに、尽くされるのも悪くはない」

情事の後にサンダルフォンの体を綺麗にするその手つきでさえ、大切にされているとひしひしと感じる。毎日の食事も、洗濯も、きっとサンダルフォンを大切に食らうための儀式のようなものである。彼はある種の潔癖症だ。大切なものの一から十までが自分の手が入っていないと落ち着かない。故に、尽くす。愛するための準備として、尽くすのだ。始めは疎ましく思っていたものだが、そうとわかれば悪い気はしなかった。
そっと微笑むサンダルフォンの顔をそっと見やったグランは、束の間物言いたげに渋い顔をした後に、無駄だと諦めたのかそっと目を伏せてナポリタンの攻略に没頭することにした。

全く、互いに厄介な相手を捕まえたものである。